ちゃおチャオブログ

日々の連続

補陀落渡海への旅(87)国清寺参道からの遠景。

国清寺古塔を下り、表山道へ出ると、この寺の歴代座主の石塔が並んでいた。
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その近くには石灯籠の置き場があって、そこからの古塔の眺めも良い。
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石灯籠と古塔との取り合わせ。
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参道の直ぐ横には流れの早い小川が流れ、田園が広がっている。
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今日は5月30日、水が張ってあるのは、これから稲作が始まるのだろう。
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田畑も端正に耕されている。
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国清寺の古塔を行ったり来たり、何周かし、ためつすがめつして、古塔に別れを告げる。誰もいないので、淋しいこともあった。再度、参道に出て、出口に向かう。その途中の石灯籠の保管場所。日本風の春日灯籠のような形に驚く。この形の灯篭は日本独自のもので、日本に置いて考案されたもんとばかり思っていたが、どうもそうではなく、これも又中国が最初で、中国のデザインを移入したのか?? 
 
どちらが先で、どちらが後かはそれ程重要ではない。今まで日本独自と思っていたものが、中国にも存在することを知っただけでも充分だ。しかし、この石灯篭の庇の向こうに古塔が見える。良い構図だ。こんな風に何百年も前から人々は眺めてきたのか・・。1300有余年。充分過ぎる程長い時間だ。
 
参道から山村を眺める。山に霧雲がかかり幻想的だ。いや、中国的と言っても良いかも知れない。こんな漢字の水墨画を見たような記憶もある。山の先に仏塔も見える。あそこには又別のお寺でもあるのか。この天台山中には10以上の大小のお寺があるので、その中のどれかかも知れない。最澄が天台教学を学んだ龍興寺は、ここからかなり離れた場所にあるので、あの塔の龍興寺のものではないだろう。しかし、仏塔と言えば、慈覚大師が学んだ五台山清凉寺の古仏塔を思い出す。向こうのは真っ白の塔だったが・・。
 
参道の横は良く耕された畑地が広がっている。今水が張ってあるのは、これから稲作が始まる水田だろう。畑地の向こうにちょっとした集落が見える。夕食にはまだ時間が早い。田舎の部落を少し歩いてみようか。清凉寺へ行く途中の小集落を思い出した。良い感じの村かも知れない。   
 
 
 
 
水墨画的風景が広がっている。
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集落の後ろの山の上に塔が立っている。
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これは又大きくて立派な仏塔だ。
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国清寺の門前町のゆな集落も案外大きい。
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山に霧雲がかかり、水墨画のような風景だ。
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住民の一人だろうか、参道を掃き清めている。
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