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日々の連続

中国・歴史の旅(129)南京・太平天国の乱の後の庭園。

中山廟の次にやってきたのは太平天国の王宮跡(天宮)である。
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今は史跡庭園となっているが、その入口には洪秀全の半身像が人々を迎えている。
 
 
園は明代は王族、清代は高級官僚、そして洪秀全(天王)、民国総統府、等々、時代によって主を替えている。
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ここは明清の時代から庭、庭石で有名なところ。
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ああ、凄い量の太鼓石だ。
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太鼓石と池。
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長い間培われてきた庭園。
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これだけ沢山の太鼓石の庭を見るのは初めてだ。
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孫文を祀る霊廟「中山廟」を下り、次にツアーが向ったのは、太平天国の乱の頃、一時この南京が王都になり、乱の首謀者・洪秀全が住んだ王宮跡、今は整備された史跡になっているが、そこに向かった。太平天国の乱とは清末、日本で言えば江戸期の幕末に当たるが、中国全土に広がった大乱で、清の腐敗した王朝を打ち倒し、新しい中国を樹立する革命運動だったが、結果的に清朝政府軍に敗れ、散り散りになってしまったが、近世中国の辛亥革命に先立つものだった。

南京はこの後に続く辛亥革命による中華民国の首都、更には日支事変の際の日本軍による南京城入城、等々、中国近現代史に重要な役割を果たしているが、そうした歴史的な重要施設が市内のあちこちに残されている。洪秀全が住んでいた王宮も市内の中程にあり、今は中国近現代史遺址博物館となっていて、特にこの庭の庭園は有名である。

ここは明の時代には王族の屋敷であり、清代になって地方高官の館、その後低平天国の天宮、又、中華民国の総統府でもあった。広い庭園の中、中国人ガイドに連れられ、園内を廻る。勿論説明しているガイドの中国語は理解できないが、大きな池を巡らせた庭園のあちこちに置かれた太湖石の数の多さに、この庭の価値の高さが窺えるものだった。
 
 
 
 
見事な景観。
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こうした景色も奥床しい。
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池でポーズを取る観光客。
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自分も1枚、総統執務室の前で。
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実際、価値ある庭園だ。
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うーん、中国は奥深い。日本人には余り知られていないこんな庭園があるとは。
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広くて手の込んだ中国庭園。
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太平天国の乱、天宮を後にする。
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