ちゃおチャオブログ

日々の連続

ラオス北部紀行(28)バンビエンの夕暮れ。

稲を刈り取られた田んぼを歩き、漸く川べりの集落に来た。
 
 
 
この辺りでは鶏なども放し飼いにされている。
 
 
 
漸くナムソン川に戻って来た。
 
 
 
今晩の食事はこのレストランにしようか・・
 
 
 
ホテルに戻り、4階ベランダから今登った小山を眺める。
 
 
 
バンビエン、四方が山に囲まれた小さな町だ。
 
 
 
 
 
1時間程かけてバンビエン郊外の小山に登り、今、静かな田んぼ道をポチポチ町に向かって歩いている。田んぼと言っても、日本の農家のように、農民があぜ道の草取りをするでもなく、殆どほったらかしの状態で、田んぼに出ている農民の姿も殆ど見かけない。夕方近くになってきた空の端に、音もなくバルーンが浮かんでいるだけだ。

帰りはやや急ぎ足で歩き、30分もかからず川の淵まで来る。ナムソンと言う名前の川だが、この川も牧歌的だ。川には土手も、堤防もなく、あるのは2本の木の橋、その内の1本はぶらぶら揺れる吊橋で、そこをバイクと自転車が通るのだから、揺れが更に大きくなって、まるで遊園地のシーソーへ乗っている感じであるが、100年前の日本の川だって、ちゃんとした橋はなく、こんなものだった。

夕方近くになり、流石に先刻川遊びしていた白人種の皆さんはどこかへ引き上げていった。汚れのない川がサラサラと、音を立てて流れているだけだ。日中、川の畔のレストランで一休みしたが、今見ると客は誰もいない。夜、ここへ来て食事しようか・・。

ホテルに一旦戻り、4階のベランダから夕日が落ちるのを眺める。ここバンビエンは四方が山に囲まれた盆地状の街で、嘗て、タイやカンボジアメコンで見た、大平原に沈んでいくダイナミックな夕焼けを見ることはできない。それでも一瞬、山の端に隠れる直前の赤々と燃える太陽を見ることができた。この辺り、工場もなく、排気ガスも少ないので、空気が澄んでいて、西日もこんな風に燃えるように見えるのだろう。

さて夜になった。先刻の川沿いのレストランに行くべく向かったが、道路には街灯が全くなく、遠くの明かりを頼りに橋のこちら側までやって来たが、地元の人のように夜目に慣れている訳でなく、又、懐中電灯もなく、橋を渡るのを諦め、川のこちら側の、賑やかな側のレストランに入り、それでも、川に面する席を取って、夕食を取ることにした。川からは10mも離れてなく、又、静かな川の音でも聞きながら食事できるかと期待していたが、それは大間違いで、近くのレストランから響く大音響のタイポップかラオポップの音楽にかき消され、全くどこで食事しているか分からない状態だった。昨夜のビエンチャンの広場でもそうだったが、大音響の音楽に元気づけられる。これが今まっしぐらに近代化に向かっているラオスの勢いなのかも知れない、と思った。
 
 
 
 
漸く陽が落ちてきた。
 
 
 
燃えるような色だ。
 
 
 
うーん、この光景も記憶に留めておこう。
 
 
 
先刻のレストランに向かったが、夜道が暗く、橋を渡れない。
 
 
 
已む無く、橋の手前のレストランで食事する。
 
 
 
処が、隣の店が賑やかすぎて、ゆっくり食事もできなかった。
 
 
早々に店を出て、通りを歩く。