ちゃおチャオブログ

日々の連続

ラオス北部紀行(53)ルアンプラバン、夜のレストラン。

今日はゲストハウスで自転車を借りて、自転車で市内を回ることにした。プーシーの前の道路は既に夜店が出ていた。
 
 
 
プーシーの前の寺院は既に門扉が閉じていた。
 
 
 
夜店では電灯が付けられた。あちこちでタイ語が聞こえる。
 
 
 
夕方川沿いのレストランへ行くと、イルミネーションが灯されていた。
 
 
 
メコン川を見下ろす席で夕食を食べることにする。
 
 
 
 
 
ルアンプラバン(หลวง พระบาง)の町を南北に貫いている中央通りの繁華街は1キロあるかないかだ。街はこの道路を中心に左右に開け、右側がメコンの大河、左側がそれよりも小さいが、日本の基準で言えば矢張り大河になるナムカーン(น้ำค้าง)川。この両方の川に挟まれた細長い町で、中央部が隆起していて、土地は両側の川に向かって傾斜し、落ち込んでいく。中央通りの
繁華街の南500-600mは住宅街や学校になっていて、その突当りが、両方の川が合流する三角州のような状態になっている。

ゲストハウスには自転車が置いてあったので、自転車で市内を回ることにした。両側の大河に土地が落ち込む以外は殆ど平坦な町だから、自転車での移動が楽で効率的だ。先ずは賑やかな中央通りを北上し、「プーシー」(ภู ษี)と呼ばれる小山の辺りまで行く。この小山の前は夕方になると車の交通が遮断されて、道路一杯に夜店が並び、「ナイトマーケット」となって、この町一番の賑わいのある場所である。

行ってみると、もう既に道路はテントで占領されていて、約200mに亘って色々な土産物、雑貨物の夜店が並んでいる。日本人の姿も見かけるが、タイ人観光客も多いようだ。あちこちからタイ語が聞こえてくる。彼等にとっては自国語で観光が出来るから、買いっぷりも良いようだ。タイの物価と比べても半分位で買えるのだから、観光冥利に尽きるだろう。

テントの夜店で当方もタイ人の真似をしてタイ語で話し掛けたりするが、直ぐにタイ人でないとばれてしまう。逆に日本人だろう、と当てられてします。矢張り当方のタイ語のレベルでは、タイ人のふりをするのは無理のようだ。時間潰しをしている間に夕方になり。、川沿いのレストランへ夕食を食べに行く。昼間はビーフンのようなソバで、お腹も空いた。

川沿いには幾つもレストランが並んでいて、どこの店もナイトイルミネーションで綺麗に電飾されている。以前来た時はこんな風ではなかったが、矢張り今日は大晦日仏教徒の国であっても、以前はフランス植民地だったから、その影響も受けているのだろう。そう言えば、サイゴンの大晦日の時も、ビックリする程賑やかで、実際、今日で今年が去っていく、という雰囲気でムンムンだった。そうプノンペンでもそうだった。フランス植民地のこの3国はタイとは違って、新暦の年末年始を大いに祝っているのだ。ポーンサワンの真っ暗な田舎町より、この賑やかな都市で新年を迎えるのは正解だった。
 
 
 
 
先ずはビールで。ビヤラオ(เบียร์ลาว)は安くて好きなビールだ。
 
 
 
晦日ではあるが、特別の感興はない。普通の料理を頼む。
 
 
 
近くではラオスの家族が食事をしている。
 
 
 
いやー、流石大晦日。こういう場所で独り身は淋しさを感ずる。
 
 
 
彼女も一人で淋しそうだが・・