ちゃおチャオブログ

日々の連続

ラオス北部紀行(133)「ワット・パークナム寺」のボート乗り場「タールーア」。

「ワットパークナム寺」ご本尊の前では若い女性がお祈りに来ていた。
 
 
 
彼女達、何をお願いに来ていたのだろう。
 
 
 
寺の外に出る。ああ、日の丸が沢山掲げられている。
 
 
 
日の丸とタイの小旗、一体何があったのだろう・・。言葉が充分でなく、聞くことが出来ない。
 
 
 
さて、お寺を後にする。「ワットパークナム・パーシーチェルン」と書いてある。ああ、ここは「パーシーチェルン」地区だったんだ・・
 
 
 
 
 
「ワット・パークナム寺」(วัดปากน้ำ)本館2階の瞑想室に暫らくいて、この寺を後にする。次に来るのは何時になるか・・。平田師とは事前にアポの連絡を取ることは出来ず、又次回来るときも出たとこ勝負だ。幸いに居られれば師との歓談も可能になるが、もしも不在だったら、又今日のようにこの寺の内外を歩き帰ることにしよう。

1階、ご本尊の前は相変わらずもうもうとした線香の中に、人々が祈りを捧げている。一体皆さんは何を祈っているのだろうか・・。自身の健康か、家族のことか、はたまた世界の平和か・・。案外、ロト、タイ式宝くじに当たるのを祈ったり、大学入学、社会的成功、大金持ちになりたい、とかの世俗的なお願いをしているのかも知れない。

10年程前、当方が最初にバンコクに来た時、地元の女性に中華街にある賑やかなお寺に案内されたが、そこは真夜中でも大勢の参詣客がいて、線香のすごい煙で5m先も見えない状態だったが、人々は長い占い棒をじゃらじゃら鳴らし、熱心にお祈りしていた。彼女も同じように深々と三跪していたので、何を祈っていたのかと聞いてみたが、「フフフ」と含み笑いを返すだけで、具体的な返事は無かった。

ここにも若い女性が二人いる。若い女性が何を祈っているのかは凡その検討も着く。恋の悩みだろう。・・上手く成就してくれればよいが・・。

お寺を出ると、周辺の商店街には日の丸とタイの小旗が交互に並び通りを埋めている。万国旗なら何かのお祭りと理解できるが、2国だけの国旗が並んで飾られているという意味が理解できない。こんな時平田師でもいれば、何でも聞けたのに・・。小旗のぶら下がる商店街を通り抜け、運河に出る。そこにはボート乗り場がある筈だし、そこからボートに乗って、バンコク市内に戻れるかも知れない。

ボート乗り場、「タールーア・パーシーチェルン」(ท่าเรือภาษี เจริญ)の看板が出ている。ああ、この地区は「パーシーチェルン」(ภาษีเจริญ)と言うのか・・。そう言えば、先のお寺も「ワットパークナム・パーシーチェルン」と出ていた。「パークナム」(ปากน้ำ)というのは「河口」のこと。確かにこの寺は「チャオプラヤー川」の河口近くにある寺だが、この「パーシーチェルン」の名前を言わないと、先刻のバス停で単に「ワットパークナム」(河口寺)と聞いても、聞かれたタイ人は分からなかったかも知れない。

暫らくボート乗り場で待っていたが、ボートがやってくる気配もない。タイ語の本の中では、通りかかったボートを呼び寄せるには赤とか黒の小旗を振って、合図を送る、と出ていたが、そもそもそんなボートは運河を走っていない。通りかかりの小母さんに聞くと、ここの乗り場は朝夕だけ利用されていて、日中はボートはやってこないとのこと。・・ああ、そうか・・、通勤、通学用のフェリーだったのか・・。又、商店街に戻り、バス停に向かった。以前来たことがあるから、大体の場所は分かる。
 
 
 
 
ボート乗り場の看板があった。「タールーア・パーシーチェルン」と書いてある。
 
 
 
ボート乗り場から運河を眺める。ボートが中々やって来ない。日中は運行されていないようだ。
 
 
 
付近に咲く花が綺麗だ。
 
 
 
何の花だろう・・。ああ、ブーゲンビリアだ。
 
 
 
ブーゲンビリヤの垣根を見ながら、バス停に向かった。