ちゃおチャオブログ

日々の連続

掛川城と事任八幡宮(2)事任八幡宮にて。

島田市との境、日坂の手前に「事任八幡宮」がある。
 
 
 
深い木立の奥に社殿が見えている。
 
 
 
神社は昔の東海道に面している。
 
 
 
参道を進み社殿に向かう。
 
 
 
誰も居ない、静かな境内だ。
 
 
 
社殿に参拝しよう。
 
 
 
社殿に参拝し、竜虎の霊を弔う。
 
 
 
竜虎74歳、兄の享年と同じ年齢だ。
 
 
 
 
元小結竜虎が3日前この町の神社で急死した。74歳。以前病気回復をその宮に願い、その日は家族4人でお礼参りに来た矢先の急死だった。嘗て大相撲を沸かせた花籠部屋の関取の一人だった。3か月前には同じ花籠一門の魁傑が66歳の若さで急死し、引き続いての相撲界の訃報だった。

仕事が予定通りに終り、竜虎の霊を弔うべくその宮に参詣しようと、地元の人に聞いてみたが、詳しいことは知らない。相撲に興味の無い人にとっては、30年以上も前の相撲取りの名前を言っても、ピンとこないのかも知れない。元力士がこの町で急死したことはニュースで知っている程度で、それ以上の詳しいことは知らなかった。当方もこの町の由緒ある神社で亡くなった程度の知識しかなかった。

地元の人に有名社寺の名前を幾つか挙げてもらい、2番か3番目に「ことのまま八幡宮」という名前が出た時に、確か、「八幡宮」だったことを思い出し、そこへの行き方を尋ねた。そこは市の外れにあり、隣町の島田市との市境にある不便な場所にあるとのことだった。しかしバスの便があるとのことで、市バスへ電話し確認してくれた処、間もなくこの近くのバス停を通過する予定になっている、とのことだった。

教えてもらったバス停に急ぎ、待つこと暫らく、市バスがやって来た。旧東海道と思われる郊外の田園地帯を走ること凡そ30分、白旗の幟の立ち並ぶその神社前の停留所に着いた。「ことのまま八幡宮」、バス停を下り、神社の鳥居の前に立つ石柱を見て、この神社の名前「ことのまま」は漢字では「事任」と書くことが理解できたのだった。成程、何かを「任せる」ということは、「そのまま」やらせる事なのだ。

ここは旧東海道の日坂の手前。ここから先大井川までの数里に及ぶ日坂の始まりの地点に当たる。「八幡宮」と言うからには、源義家に所縁のある宮だ。八幡太郎義家が東北遠征に際し、この宮に先勝祈念をし、後、八幡宮に名前を改められたに違いない。この日坂はその先の坂東、更に続く陸奥への鳥羽口に当たっていたのだった。

槇の大木が鬱蒼と茂る深い木立の先に由緒と長い歴史を思わせる社務所と社殿があり、社務所の前の石段を十数段登った高みの場所に拝殿がある。宮に参拝し、併せ、竜虎の霊を弔った。社務所に戻り、竜虎が亡くなった場所を尋ねると、道路の反対側の本宮への参道の入口付近とのことだった。

バス停で帰りのバスの時間を確認すると次のバスまで猶30分程の余裕がある。奥宮までどれ位の距離なのか、どれ位深い場所にあるのか先刻の巫女に聞きそびれてしまったが、行ける所まで行って見よう。時間が足りなくなったら、途中から戻れば良い。旧東海道を渡った先の斜面には小さな赤い鳥居が建っていて、小山の奥に向かって参道が続いている。その鳥居の前で一礼し、竜虎の霊を弔い、奥の院に続く参道を急ぎ登った。

竜虎は数年前大病を患い、病気回復を願ってこの宮にお参りした。病もほぼ平癒し、三日前、家族4人でお礼参りに来たのだった。この本宮にもお参りすべく、4人で登り始めたが、家族3人は先に奥宮に登ったが、竜虎一人がやってこない。長男が下に降りて戻ってみた処、竜虎が鳥居の脇で倒れていたという。既に心筋梗塞で亡くなっていた。

途中からは山道のようになる本宮(奥宮)。標高は50m位か。早足で登って来たので、10分程度の時間しかかからなかった。30坪位の平らな場所に小さな祠が建立されている。竜虎はここへ来て病気回復をお礼したかったのだ。竜虎の思いは果たせなかったが、竜虎に代わり礼拝し、下山する。

帰りのバスも乗客は一人だった。市に近づくにつれ何人かの乗客が乗り降りするが、それでも4-5人程度だ。今の時間、運行が1時間~2時間に1本と言うのも理解できる。市営だからこそ経営が成り立っているのだろう。来た時と同じドライバーが、この「事任八幡宮」の一つ先の終点で時間待ちし、Uターンしてきたのだ。しかしこうしてバス便があると言うのは、足の無い住民にとっては有難いことだ。

相撲取りは早死にが多いと言われる。現役時代、過酷な運動が身体を痛め、後になって出てくるのだろう。魁傑の66歳は、今の自分よりも若い。竜虎が引退後に名乗った親方名「放駒」を竜虎より引き継ぎ、相撲界の賭博や八百長の不祥事が公になった後の理事長に就任し、角界の浄化に努め、去年理事長を退任した。

魁傑はオランウータンのような長い腕を振り回し、相手の力士を放り投げた。竜虎はその名前の通り、素早い動きと切れのある技で、土俵を沸かせた。二人とも、花籠一門の人気力士だった。遠い昔の土俵の歓声を思い出しつつ、一人バスに乗り、掛川駅に向かった。
 
 
 
 
旧東海道を渡った先に本宮の鳥居が見える。
 
 
 
ああ、竜虎が亡くなったのは、この辺りだ。丁重に霊を弔う。
 
 
 
本宮に続く参道。
 
 
 
急ぎ足で約10分、漸く本宮が見えて来た。
 
 
 
本宮に参拝する。
 
 
 
今日は霧雨の中、日坂は霧雲に隠れて見えない。
 
 
 
周辺の観光案内板が出ていた。
 
 
 
事任八幡宮、案内図。