ちゃおチャオブログ

日々の連続

トルコ史跡巡りの旅(14)エフェス遺跡「神殿・トイレ・お墓・図書館」。

ローマ時代の屋敷跡等、残存している。
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ああ、ここはローマ皇帝トラヤヌスの屋敷跡だったのか・・
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ああ、ここはモザイク通り。高級住宅街だ。
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2000年経っても、綺麗なモザイク模様が残されている。
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うーん、ここがトラヤヌスの屋敷なのか・・
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昔の住居跡だ。しかしまあ良くまん丸の石柱を磨いたものだ。
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かなり修復されているが、元の後宮住宅の跡だ。
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古代イオニア人はどんな生活をしていたんだろう・・
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ああ、神殿だ。ローマ皇帝ハドリアヌスに捧げられた神殿だ。
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どんどん修復が進んでいく。
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当方のような門外漢にとっては、ギリシャ文明とローマ文明の違いも、又ギリシャ様式ローマ様式の建築美の違いも殆ど区別が付かず、同じ様に一括りでグレコローマンとして眺めることしか出来ないが、専門家の目から見れば、細部に渡っての違いが鮮明であるかも知れない。今眼前に広がっているエフェスの遺跡は、大半がローマ帝国以降のもので、最初に入植したギリシャ様式の町並みが破壊された後に、ローマ人が再築したと言われている。

従って、キリスト関連の遺跡もあちこちにあり、イエスキリストの聖母マリアとか、使徒ヨハネが晩年を過ごした遺跡とか、パウロが伝道でこの町に来たが、捉えられ、投獄された岩獄なども残っている。最も驚いたのは、クレオパトラがこの街の出身で、市の中心部にはクレオパトラの妹、オクタゴンの立派なお墓が残されていることでり、その墓の中から出土された遺骨を復元したところ、若い女性で、西洋系とアフリカ系のエキゾチックな容貌が推定され、姉のクレオパトラも美人に違いないと証明されたようである。

クレオパトラと言えば、絶世の美女で、シーザーの愛人であり、且つ、シーザー亡き後のアントニオの奥さんでもあったが、エジプト・プトレマイオス王朝の最後の女帝で、アレキサンドリアを国都としていた。そこには蔵書10万冊以上、世界最大の図書館があったが、このエフェスにも大きな図書館があり、今、その図書館は復元されている。アレキサンドリアの図書館では葦の紙、パピルスの上に文字が書かれていたが、こちらの図書館では羊皮紙に書き込まれていた。しかしいずれの図書館もその後の戦乱等により灰燼に帰し、今残されているものはない。

アルカデア大通りから戻って来て、公設市場、アゴラに向かう道路沿い、マーブル通りと言われているが、これ等のお墓や神殿などが残されていて、この辺りが街の中心部であった。ちょっと先には公衆トイレなどもあり、今の様式便器の古代版で、ギリシャ時代の昔から、西洋人は、座して用を足していたのだ。腰を落とす辺りの便器には今でもすべすべした、如何にも使い古された感の摩擦跡が残されているが、これは一説によれば、つい最近まで、遺跡発掘の作業員がここで用を足していた、とも言われている。2000年前の便器を現代人も同じように使用しているとは! 面白い情景を見る思いだった。 
 
 
 
 
うーん、公衆トイレの穴だ!
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2000年以上も前から水洗トイレがあたっとは!
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トイレの上で猫が日向ぼっこしている。
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座ったお尻の部分が、てかてか磨かれている。
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ああ、前方に図書館が見える。
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当時の三大図書館の一つ。ツアーメンバーの前野さん、吉村さんの姿も見える。
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この図書館はケルルス図書館と言って、元奴隷のケルルスが奴隷の身分から解放され、後、アジア州の総督になってから建てたもの。
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右手の扉から市場、アゴラに行けるようになっている。・・すべての書籍、羊皮紙がイスラムにより燃やされたのは残念だったが・・
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ああ、これはクレオパトラの妹、オクタゴンのお墓だ。
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中に若い女性の遺骨が入っていて、複顔したら、美人の顔立ちだったそうだ。
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