ちゃおチャオブログ

日々の連続

「ニュージーランド『感動』の1週間」(32)フルーツショップに寄って羊牧場へ。

クイーンズタウンの町を出た直ぐの場所に、バンジージャンプの橋が見えて来た。
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クロムウエルに近づくと、ブドウ畑が広がっている。
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18世紀の鉱物採掘場跡地に建つ、小屋。中国人労働者が住んでいたようだ。
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町の手前の果物ショップで買い物休憩。
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色とりどり、豊富な果物が販売されている。
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どこから運ばれてくるのか、珍しい南国のマンゴーやロンガンなども売られていた。
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今日からは旅の後半。今日はこのクイーンズタウンから最初の町クライストチャーチへ戻り、そこで1泊後、オークランドに飛び、更に1泊した後、帰国の途に着く。旅も中半を過ぎると、旅愁と言っては大袈裟になるが、一抹の寂しさも感ずる。ホテルの裏山に登り、眼下の町と湖を眺め、殊にその思いを強くした。

さて、今日も又早出の7時半の出発。600キロのバスの旅が始まる。クイーンズタウンの街中を再び通り抜け、街の郊外の右手に空港ビルを見て、山間部に入り込む。バスは渓流沿いに沿って進むが、町を出た直ぐの場所にバンジージャンプの橋が見える。2日前にこの場所を通った時は、窓の反対側だったが、今は直ぐ横手に見える。このジャンプをした人は、1週間アドレナリンが高まり、元気満点になるとの山村さんの言であるが、彼自身が経験していないので、真偽のほどは分からない。が、そもそもこのバンジーに挑戦する人は、最初から勇気満点の人に違いない。

そこから暫らく進むと、右手、渓流の対岸に18世紀の鉱山跡が見えて来る。当時の小屋跡を復元した掘立小屋のようなものが見えるが、これ等は中国人の住居跡、とのことである。その当時から中国人は苦力(クーリー)としてこの国に連れて来られ、鉱山労務に服していたのだ。奴隷ではないが、それに近い重労働者だ。太平洋戦争時、シンガポールビルマ間に敷設された泰麺鉄道の建設にも使役された労働力で、それは米国横断鉄道の重要な人的資材でもあった。

それから更に暫らく進み、クロンウエルの町の手前のフルーツ販売店に立ち寄る。このクロムウエルはワイン製造で有名だが、果物の栽培も盛んで、この道路沿いには、数軒の産直販売店が立ち並んでいるが、来た時にも立ち寄ったこの店が、品数も豊富で、値段もリーゾナブル、果物も新鮮とのことだった。当方以外のツアーバスも多く立ち寄り、選り取りみどりの果物を手にし、バスケットに入れていた。

クロムウエルの町を通り過ぎ、バスは、両側に広がるブドウ畑の間を通り抜け、ダム湖の横を通って、国道8号線をオマラマに向かって進む。大きな放牧場には、ヘリコプターの巨大な羽根のようなスプリンクラーが並んで立っていて、現に稼働中のものなのどは、一面が霧雨のように空中噴霧し、これだけ大々的な装置なら、この緑の牧草を、多分、ケールの一種に違いないが(それを山村さんに聞いてみたが、彼は知らなかったが)、広大な範囲に植生することは可能だろう。豪州でも見たことのない近代的なスプリンクラーだった。

国道を少し離れ、牧場の中の道路を暫らく進むと、今日の昼飯の場所、羊牧場に到着する。ここも又ツアー客を受け入れている施設のようで、古い飼育場を改装し、レストラン、土産ショップ、羊ショーのホールなどが作られている。クイーンズタウンからクライストチャーチまでのほぼ中間点付近に当たり、羊ショーを見ながらの昼食には丁度良いロケーションになるのだろう、当方以外にも又何組かのツアー客が、乗りつけていた。



クロムウエルの町を通り過ぎ、8号線を北上し、オマテラの手前で地方道に入り、昼食タイムで羊牧場へ立ち寄る。
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ここはレストラン、土産所ショップ、実演ホールなどを備えている。
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昼食にはまだ少し時間も早く、先に羊の毛皮刈実演ショーが始まる。
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ここの牧場主が講釈付きで、羊の毛を借り取って行く。
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こんな感じのふわふわした羊毛だ。
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丸裸にされた羊。
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万雷の拍手でステージを降りて行く羊。6歳か8歳とか言っていた。
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