ちゃおチャオブログ

日々の連続

ルソン山紀行(10)コレギドールからクバオへ。

再びオートタクシーで国道のバス停まで戻って来る。嘗てのバターン街道は、今はこんな立派な舗装道になっている。
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ああ、先刻のコレギドール行き渡船(チャーターボート)の看板が出ていた。CORREGIDORE、が正しいスペルなのだ。とすると、発音は「G」が「H」に訛ったものか・・

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地元の人もバス停にやってきた。バス停近くには、街の街路図なども出ている。誰の発案だろうか・・
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バターン街道をマニラに向かって戻って行く。
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バスが到着したのはケソン市にあるクバオ。賑やかな繁華街だ。
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歩いていると賑やかな音楽が聞こえて来たので、1軒のカラオケ店に入る。
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コレギドール島が見える海岸線からオートタクシーに乗せられ、元のバス停まで戻って来た。20ペソの処、チップで10ペソ足してやったら、人の好さそうなドライバーは喜んでいた。普通のフィリピーノは、大体こんな風に純朴なんだろう。バス停には地元の人も数人待っていて、バスは程なくしてやってきた。先刻通って来た、今は綺麗に舗装されたバターン街道を通り、マニラに向かう。1キロポスト毎の鎖に繋がれた米兵の里程標が気になったが、それも幾つかの町を通り過ぎる間に、いつしか無くなっていた。

フィリピンの総人口は既に9000万人を越え、10数年後には日本の人口を追い抜くであろうが、街道沿いの集落は殆ど途絶えずに続いている。物が豊かなのか、過疎化に悩む日本の田舎よりは、余程か人口密度も高いようだ。先刻バスを乗り換えた大型モールが数店舗ある大きな停留所で暫らく時間調整し、今度は乗り換えなしで、真っ直ぐにマニラに向かう。ここからは片側3車線の高速道路だ。平原の中の直線道路を100キロを超すスピードで大マニラに向かう。この大マニラ首都圏も既に1000万人は超えているだろうが、車の所有率がまだタイ程は高まっていないので、高速道路も渋滞もなく、マニラ市街に入って行く。

流石に市街地は車の数も多く、今まで走って来た高速道路のような訳には行かないが、それでも渋滞の度合いはバンコクジャカルタと比べたら物の数ではなく、少しスピードが落ちた程度で、夕方のマニラバスターミナルに到着した。東京が新宿、渋谷、東京駅等、各ターミナル駅ごとに繁華街が分かれているように、この大マニラも、大きな駅周辺は賑やかな繁華街となっている。バスが到着した駅は「クバオ」(Cubao)という場所で、ケソン市にあった。ここも又、地方発着の一大バスターミナルとなっている。実は明日バギオへ行くのだが、その長距離バスもここから発着していた。

マニラ市内には3本の高架鉄道が走っていて、それぞれLine1 から Line3 まであるが、このクバオはLine2とLine3の鉄道が交差する地点にあり、二つの駅が隣り合わせに隣接しているおで、昇降客も多く、又地方へ行く人、地方から上って来た人、等々で、四六時中賑わっている繁華街である。通りを歩いていると、開け放たれた窓から賑やかなカラオケが聞こえてくる。フィリピン人は歌唄いが多い。東南アジアからの来日芸能団の先鞭を付けたのはフィリピングループだ。ビートの利いた、腰の入った歌唱力が日本人にも受けたのだろう。そうしたフィリピン音楽を聞きたく、ついその内の1軒に入った。



庶民値段でビールもスピリットも安い。
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皆楽しそうに歌い踊っている。楽天的なフィリピン気質だ。
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クバオ駅前では、通勤用のミニバスに乗る乗客で、数珠つなぎになっている。
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ミニバスは次から次にやてきて、並んでいる人もどんどん前に進んでいくが、それ以上に乗客が集って来て、列は長くなる一方だ。
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当方は、高架鉄道に乗ってペドロギルまで戻った。
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駅前の食堂で遅い夕食を食べ、ホテルに戻った。
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