ちゃおチャオブログ

日々の連続

行き違いのタイ旅行(20)チャオプラヤー川遡上。

このフェリーボートも来る度に新しく、綺麗な船になっている。
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リバーサイドも年々綺麗に整備されている。又、新しいホテルができたか??
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船員の「ピー!」、「ピーピー!」との合図の指笛、口笛は、以前のままだ。
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ああ、王宮寺院の黄金色の屋根が見えてきた。
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元の王宮のあったトンブリ地区。こちらも大きく変わって行くのだろう。
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タイ語では「川」の事を「メーナム」(แม่น้ำ)と言う。日本語では「母なる水、水の母」、「母なる川」の事だ。云わばタイ人に取って「川」は母なる存在。南北に細長いタイの国土を南北に縦貫し、嘗てのタイ人はこの川の舟運によって移動し、町を作り、発展してきた。北のミャンマー国境の山間部より発した流れは、途中のチェンマイ近郊でタイの最高峰「ドイインタノン」(ดอยอินทนนท์)の山麓で流れ出した水を集め、一本の大きな川となって、バンコクに注いでいる。実にこの川が「メナム川」、タイ人にとっての「母なる川」と言われる由縁だ。


フェリーの左手、旧王宮が現在の場所に移転する以前にあったトンブリ地区。フェリーの右手は現王宮のある「ラタナコーシン(รัตนโกสินทร์)。この名前はタイ人にとっては一種の畏敬と憧憬を持って呼ばれている。その王宮寺院の金色の甍は南国の太陽に輝いている。この川の下の名前「チャオプラヤー」(เจ้าพระยา)は、王侯に次ぐ最高位のランクの尊称で、プラ(พระ)、プラヤー(พระยา)の上に位置する最終のポジションである。昔の日本で言えば、太政大臣、関白征夷大将軍と言ったところか。惧れ多くも、今航行してこの川「メーナムチャオプアラヤー」は、日本語流に呼べば「太政大臣の川」になる。

タクシン橋のたもとの乗り場から乗船したフェリーは、雄渾なチャオプラヤー川を遡上し、左右の寺院や建物、年々整備されつつあるリバーフロントのオープンテラス、ホテル、船着き場などを眺め、凡そ20分の航行で、目的の波止場に到着し、そこから歩いて目的の王宮寺院へ向かった。



両岸を往来するフェリーで賑やかだ。
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さて、そろそろ「ターチャーン」の船着き場だ。
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ターチャーンの一つ先の船着き場で下船し、先ずは王宮寺院に向かった。
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ここは王城ではあるが、王宮寺院「ワットプラケオ」(วัดพระแก้ว・エメラルド寺院)は観光客に開放されている。
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これだけ広い敷地と観光収入。確かにプミポン王家は世界一金持ちの一族に違いない。
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