ちゃおチャオブログ

日々の連続

モラエスの故地を訪ねて(102)タクシーにて軍官学校へ。

つくば学園都市同様、ここ広州大学城も計画都市で、広々とした道路が伸びている。
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取り敢えずは看板に従って、軍官学校旧址へ向かう。
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駅前にはレンタサイクル用の駐輪機が何台も設置されているが、自転車が11台もない。営業はこれからか・・。
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暫く歩くと、次の看板が出ていた。・・げ、その先が分からない・・
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結局地下鉄駅まで戻り、タクシーで行くことにした。
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中州と言っても随分広い島だ。高速道路も通っている。これでは徒歩ではとても無理だ。
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地下鉄「大学城南站」で下車し、地表へ出ると目の前に大きな看板が立っていて、幾つかの大学案内と同時に「黄埔軍校旧址」と出ていたので、この駅で間違いない。どの道中洲の島だから、歩いてもそう遠くはないだろう。1-2キロ位なら、10分、15分程度で行きつくだろう。そう思って、看板の指示に従って歩いて行く。

ここは学園都市で、筑波と同じように、広々とした計画道路には通行人の姿が余り見られない。新しく作られた街だろう、人工的な感じの街並みだ。駅前にはレンタル自転車の駐輪台が幾つか設置してあるが、自転車は一台も駐輪していない。地下鉄でやってきた学生が、レンタルの自転車に乗ってキャンパスまで行くのだろうか。・・しかし1台も停まってないということは、こうした設備だけが先に出来上がっていて、実際の営業はまだこれからか?

そんな事を考えながら、道路看板に従って歩いて行くが、2度看板標識を見た後、その後の看板が見当たらない。幅広の道路はずっと先まで長々と伸びている。筑波と同じように、道路に面して住宅とか店屋が無いので、聞くことが出来ない。ハタと困っていると、自転車に乗った青年がやって来て、軍官学校の所在を聞くと、ここからは随分遠くで、とても歩いては行けない、車でないと行けない、とのこと。中州だから大阪中の島のような小さな砂州を埋め立て程度と思っていたが、どうもそうではなく、相当に拾いエリアのようだ。大学城南站で降りて、歩いて軍官学校を見て、そのまま北站まで歩いて地下鉄に乗りつもりで来たが、考えは甘かった。

園都市で流しのタクシーも通らず、結局又元の駅まで戻り、そこでタクシーを待つことにした。タクシーに乗ったら、自転車の人のいう通りだった。これではとても歩いて行ける距離ではない。無いとしても歩いたら1次官以上はかかるだろう。大学城の広い道路を通り過ぎ、幾つかの橋を渡り、運河沿いに走ったりして、古い住宅地に出て、暫く走ると、漸く黄埔軍官学校の正面に着いた。



途中で海のような所も見えるが、これは多分珠江だろう。
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ああ、こんな所に辛亥革命記念館などもある。流石に孫文の地元だけのことはある。

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ああ、公園のような所も通り過ぎる。
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大きな橋のような所も通る。
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ん、漸く黄埔軍事博物中心の看板が見えてきた。
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漸く着いた。この突き当りが軍官学校だ。運転手には120元支払い、ここで待っているようにお願いし、中に入っていく。
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