ちゃおチャオブログ

日々の連続

The Third Eye カトマンズへの道(32)古都パタンへ。

ダルバール広場を歩いていて、ここがインドなのかネパールなのか分からなくなる。
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カトマンズはこれ位で切り上げて、次に隣町の古都パタンへ行くことにしよう。
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一旦ホテルに戻るが、ホテルの前のブーゲンビリアが満開に咲いている。
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手持ちの通貨。ルピーの呼び方はインドと同じでが、ここでは1ルピーが1円。
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ネパールは中国とインドの狭間の中で、もうはっきりとインド寄りだ。隣国チベットはどうかと言うと、ここは既に中国の自治区になっている。この二つの国と民族、間にヒマラヤの高原地帯を挟んでいるが、昔からの仏教国で山岳民族だ。昔から中国・インド両大国の干渉を受けていたが、辛うじて独立を保ってきた。だがそれも戦後暫くまでで、チベットが中国に併合されて、ダライ・ラマが国外に出て、亡命政権を作ってもう何年になるのか・・。30年以上にはなるだろう。

ここネパールはどうか・・。まだ独立は保っているものの、インドの政治経済軍事の強大な圧力の前にインド化が急速に進んでいる。このダルバール広場を歩いていても、実際に歴史的建造物が仏教寺院なのか、ヒンドゥー寺院なのか分からなくなる。が、ヒンドゥー教からすれば仏教はヒンドゥー教の亜流、派生宗派の下流と見なされている。だから、昔の日本の神仏習合のように、仏と神の厳密な違いを詮索すべきことではないのかも知れない。

ダルバール広場を歩いていて、宗教の混沌、人種や文化の混合、それでも矢張りインドとは違う独自性、等々探って行ったら訳も分からなくなる程、奥深いかも知れない。自分のようなトンチンカンな頭ではとても理解できないだろう。真言密教の謎を探るようなものかも知れない。カトマンズの臍、根っこの部分のような場所の観光はこれ位にして、次に隣町にある古都パタンへ行くことにした。ここよりももっと古い町、古都パタン。日本で言えば京都と奈良の関係に似ているかも知れない。

パタンまで行けばもっとネパール的なもの、プリミティブなネパールに会えるかもかも知れない。タクシーで行くとにしよう。隣町だし、この国のタクシーは劇安だ。昨日エベレストの麓ナガルコットへ行った時のバスターミナルの前を通る。昨日はここから国道をずっと東に向かって進んだが、今日は南下する。昨日もそうだったが、国道沿いはどこまでも住宅やビル、建物が続く。どこまでがカトマンズでどこから先が隣の町かも分からない。だが川を渡り、まばらになった街並みが又賑やかにやってきて、パタンの市域に入ったようだ。

かなり賑やかな通り、この町の商店街と言っても良いような賑やかな通りを通り抜けた先に古都保存地区がある。先ほどのダルバール広場で見たのと同じような古風な、ネパール風の建物が密集している。自分にはその違いが良くは分からないが、歩いて見て回ることにしよう。



タクシーに乗って隣の町パタンまで行ったが、400円程だ。時間にして20分程か。
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地震で壊れた建物の修復をしている。
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元の王宮のようだ。
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古い建物は先刻のダルバール広場で見た時のようだ。
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