ちゃおチャオブログ

日々の連続

江南周遊(3)離陸。

大きなボーイングだ。安心できる。
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さて、これからいよいよ離陸で、滑走路に向かう。
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外房の方角から太陽も昇ってきている。
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いよいよ離陸だ。今Take Offした!
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随分昔の頃、飛行機に乗りたての頃になるが、乗っている飛行機が滑走路に進み、一旦停止して、エンジンを噴かせ、直線滑走路をスピードを上げて可動翼を下げ、いよいよ離陸かと言うときには、心臓も高まり、手に汗を握ることもあり、「南無神さま」、と心に念ずることもあった。それは着陸の時も同様で、機が徐々に高度を下げ、フラップを上げ下げしながら螺旋状に下降し、地表の風景が二転三転する様を見ると、つい目を瞑って心に念ずることもあり、滑走路上を高速で暫く走行し、急ブレーキを掛けて停止した段階で、漸く外の景色を確認した、ということもしばしばあった。周囲の乗客を見ると、泰然自若としている人もいるが、多くは自分とおなじように、離陸着陸時にはハラハラドキドキの人が多かったように思う。もう半世紀以上も前の飛行機での旅行が今ほどポピュラーで無かった頃の話だ。

それから半世紀以上、飛行機にも数多く乗り、太平洋やインド洋、アラスカ上空なども経験し、今では離着陸時に目を瞑ったり、心に念じたりすることは無くなったが、しかし、今でも飛行機事故は各地で発生していて、一たび事故が起きれば、まあ、命が助かる見込みもない。若いころだったら不慮の事故を悔やむが、70も過ぎた今となっては、その時はそうなったでしょうがないか、それが自分の運勢だったのかと、多少は諦めの付く気持ちにもなっている。だから今では昔と違って、離着陸時などは特に外の景色を見たり、写真撮影などをしている。

考えてみれば、飛行機事故は一旦起きると乗客乗員全員死亡の大きなニュースになるが、事故全体の絶対数は少なく、交通事故や火災事故、産業事故などと比べると、極端に安全だ。交通事故は一時交通戦争とも呼ばれた頃には年間で2万人を超えるような犠牲者も出ていたが、今では安全思想、安全施策が進み、犠牲者は大幅に減ったとは言え、今なお数千人が犠牲になっている。それに比べ飛行機事故は、少なくとも日本の空に限って言えば、ここ数十年間犠牲者はゼロだ。新幹線同様、殆ど極限に近い安全性を誇っている。だから平成以降に生まれた若い人には、飛行機事故などの概念は頭の中に無いかも知れない。

ただ空を飛ぶ乗り物だから、全く事故がないとは言えない。重たい鉄の機体が落下すれば、地上でクラッシュするのは間違いない。今まさにエンジンを全開にし、機体を45度に持ち上げ、すっとタイヤが滑走路から離れ、グングン高度を上げていく。安定飛行までの数分間、一抹の不安が無いわけではないが、この成田空港では毎日数百便、年間にすれば数万回の離着陸を繰り返し、全く問題はない。不安よりも安心感が増す。コースによっては下界の筑波山が見えることもある。それも窓の位置によって、山が見えたり、海が見えたりするが、今日はどんな景色が待っているだろう。そちらの楽しみの方が勝っていた。



眼下に成田空港近くの市街地が見える。
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今日は天気も良く、見晴らしも良い。下の川は成田近くの小貝川か。
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今機が旋回している。地上が曲がる・・。
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ああ、筑波山は見えないか・・。
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