ちゃおチャオブログ

日々の連続

江南周遊(28)恵山古鎮の寄暢園。

古鎮入城門から150m程進むと、ちょっとした広場に出る。後ろに見える丘が恵山だ。
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広場の正面には明時代からの名園、寄暢園がある。
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この周辺が古鎮の中でも一番賑やかだ。
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いろいろと昔風の土産物なども売られている。
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無錫の恵山の寄暢園(きようえん)と言われても、分かる人、知っている日本人は殆どいない。ごく少数の歴史愛好家か研究者位なものだろう。歴史教育を放棄した中国人民も、この園の知名度、認識度は日本人並に違いない。忘れ去られた過去の歴史の一頁だ。忘れ去られた歴史と言っても、国を揺るがすようなおおそれた重大事ではなく、当然、忘れても良いような歴史事実だから、人々の記憶の中からも抜け落ちて行ったのだろう。

江南地方、蘇州や上海、杭州周辺には数多くの名園があって、今もアジア各国からの多くの観光客を惹きつけているが、この寄暢園はそれ等程有名な庭園ではない。中国流に言うと、AAAA級景観区ではなく、A級かAA級なのだろう。だから今回のツアーでも園の前の通りは歩いたが、中にまで入ることはなかった。とは言え、過去にはここも名園の一つに数えられ、康煕、乾隆の両帝は6度も訪問している。娯楽の少なかった当時に於いて、南巡し、名演を巡るのは大きな楽しみだったんだろう。

古鎮入城門を入り、両側の土産店、出し物店、屋台、等々前世紀を思わせる昔風な街路を150m程進むと、一段と賑やかな広場に出る。その広場の正面に凝った作りの三階建て宮殿のような建物があるが、そこが寄暢園だ。ジャンじゃらジャーンと、中国風なドラと鐘の音がどこかから聞こえてきそうな中国的な建物だ。戦災、火災にも遭わず、数百年も前からここにこうして建っているのだろう。明の時代の秦金の造園になるという名園だが、今日は残念ながら中に入ることはできない。池遊式庭園と言われるが、室町以降の作庭家もこれ等の庭園を参考にしたのだろう。今日は外から外観を眺めるだけにして、集合場所の入城門に向かって戻ることにした。



ここは何だろう・・。レストランか?
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珍しい骨とう品でもありそうだが、実際はまがい物の現代制作だ。
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賑やかな寄暢園前の広場を後にして、入口の方へ戻ることにする。
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ああ、井戸、泉があった!天下第二泉!
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