ちゃおチャオブログ

日々の連続

能登の春(13)輪島住吉社の曳山。

御稚児さんや小学生が両側の綱を引いて、花山車を引いてくる。
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随分と立派な花車だ。
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山車の中では氏子が太鼓や鐘を鳴らしている。
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山笠は住吉神社の境内に入っていく。
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輪島の人口がどれ位か知らないが、大合併前の輪島本体の市街地だけだったら2-3万か、3-4万程度の地方の小都市並みだろう。だが、歴史的にはこの町は能登半島の付け根の部分にあり、行政、経済の中心的な町だった。だからこの町には延喜式神明帳に記載されている神社が2社もある。その一つが先刻御陣乗太鼓の演奏を見てきた重蔵神社で、もう一つがペンションクロワッサンから徒歩2-3分の所にある住吉神社だ。名前の通り、大坂住吉大社末社に当たり、海上交通、海の神様となっている。輪島は北前船の重要な寄港地。そこに住吉社が鎮座しているのは当然のことかも知れない。

社は白木がまだ新しく、建て替えられて間もないようだが、朱色に塗られてなくて、白木のままが住吉本社よりも、むしろ伊勢の神明宮を思わせるが、数年前、以前の宮が火災によって焼失し、再建されてまだ間もないようだ。その社の前を横切る道路の先から賑やか囃子とマイクの音が聞こえてくる。人々もそちらの方向に向かって歩いていく。遠方、はるか先から花車がやってきた。警官、警備員まで交通整理に当たっている。子供たちが山車の両側に繋がれた太いロープを引いている。大きな山車がゆっくりこちらに近づいてくる。曳山だ。

規模とか観衆の多さ、華麗さは京都祇園の山鉾とは比べようもないが、京都の文化が、見よう見まねでこの地方にも伝播してきて、又、この地方独自の発展を遂げている。人口減、少子化に苦しむ地方都市で、数百年来引き継がれてきた神社の祭りが、町内氏子の手によって又子供たちに引き渡されていく。幼稚園児のお稚児さんから小学生低学年児から高学年児にかけての数十人が声を併せて引き綱を引いている。山車の上では大人が太鼓を敲き、威勢を付けている。最後は皆で車を押して、神社の境内、社の前の仮舞台の横に収まった。昨夜はこの舞台の上で、宵宮が行われたのだ。春の例祭は、重蔵神社の1日前にこの住吉で行われ、明日、重蔵が曳山だ。

花車の花はビニール製で、生花ではないが、人々は口々に、この花を貰えれば1年家内安全だと、山車の前に集まって、花を貰って行く。それから又振舞だ。以前は舞台の上から神饌などを振舞っていたかも知れないが、この小さな社ではもう巫女などはいないのだろう。氏子か漁業職員の女性が、ビニール袋の中に沢山入った福袋を参詣者に分けている。人々は列を作って順番を待っている。福袋をもらった子供たちは、親の元に駆け寄り、袋の中を開けて、沢山のお菓子に喜んでいる。ああ、たまたまこうした祭りに遭遇してラッキーだった。司馬遼太郎か古くは柳田國男小泉八雲になったような気分でもある。



花車は境内の仮舞台の横に停められる。
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氏子への振舞が始まる。
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人々は列に並んで、福袋を貰って行く。子供たちは嬉しそうだ。
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祭りが終わり、人が去り、今年の例祭も無事に終わった。こちらの神主さんは若そうだ。
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