ちゃおチャオブログ

日々の連続

四国霊場・徳島編(17)立江寺を出て第二十番鶴林寺へ。

立江寺横のお菓子屋を覗いてみる。建物とは違って、ショーケースなど現代風だ。
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もう一度山門の前を横切り、お寺を後にする。
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駐車場までの途中、塀の向こうに多宝塔が大きく見えた。
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次にやってきたのは、勝浦町の山中にある第二十番鶴林寺
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お饅頭、大福もちを食べたい訳ではなかったが、昔からある和菓子屋がどんなものかと、山門近くにある店を覗いてみる。建屋は昔風の造りだが、店舗は流石に現代風で、奇麗なショーケースの中にお菓子が収まっている。こんなお洒落なショーケースだと、却って手作りではなく、どこかの工場で大量生産したものを小口に分けて店に出しているのではないか、との疑念も湧いてくる。いずれにしてもこの店では大福は買わずに、バスに戻る。バスに戻る途中、築地塀の向こうに多宝塔が大きく見えていた。この光景、江戸時代、或いはそれ以前の昔の時代からお遍路さんには同じように見えていたに違いない。

立江寺を後に次に向かったのは勝浦町の山中にある第二十番鶴林寺。ここは小松島の南、阿南市の北を流れる那賀川の上流、山道を上り切った山の頂にある。林道を大きくしたような道路はこの寺が終点になっている。道路が狭く、途中での行き違いが難しく、上から大型バスが下って来るかどうかは、山頂のお寺と連絡を取り合って、登るとのことだ。途中で1回マイカーと行き違ったが、すれ違うのに大変で、登り優先、相手のマイカーは100m程バックして幅広の場所まで戻り、漸く行違うことができた。

道路の終点は山門の下200m位の場所にUターンが出来る程の駐車場があって、参詣者はそこから山門までの坂道を登っていく。山門から更に200m程登った先が境内で、本堂は更に100数段の石段を上った上に鎮座している。今までは平地の中をバスで行く参詣路で、駐車場からお寺までは歩く距離も然したるものではなかったが、この寺は漸く難行苦行のお遍路道にやってきたような趣だ。山道に差し掛かってからは周辺には住宅は全くなく、鬱蒼とした森林が続いていたが、流石に徳島は有数な森林県、見事な森だった。

山門には霊鷲山との大きな扁額が掛けてあったが、この山は弘法大師桓武天皇の勅願により、この山中で修業し、山の形容がインドの霊鷲山に似ているとのことで、山号霊鷲山となずけられたとのことだ。又、寺の名前、鶴林寺は、大師が修行している時、2羽の鶴が飛んできて、大きな槙の枝の上に止まったことより、鶴林寺と名付けたとのことである。その槙の木は、その時の物ではなく、何世代か、代替わりしているとのことである。正に森厳を絵に描いたようなお寺だった。



道路の終点から200m程坂道を登った辺りに山門がある。
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そこから更に200m程歩いた先に本堂がある。
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大師がこの山で修業中、この本堂の横の槇の木の枝に2羽の鶴が止まったとのことである。
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鬱蒼とした槇の原生林だ。
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