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日々の連続

四国霊場・徳島編(26)薬王寺にお参りし、今日最後の札所恩山寺へ。

本堂横に立つ薬王寺瑜祇塔。高台に建っているから町のどこからでも眺められる。
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薬王寺山門。山号は医王山だ。
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この寺を辞去し、今日最後の札所、恩山寺へ向かう。
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徳島日和佐にある医王山薬王寺。全くその名の通り、ここは厄除け、薬師如来を祀るお寺である。大きな多宝塔は町のどこからでも眺められ、それは海から帰ってきた漁船員が日和佐の港に入った途端に目に飛び込むものだろう。赤と白、二色に塗られた多宝塔は、高野山にある同様のものと同じくらいに大きく、印象的だ。その多宝塔は本堂の横手にあり、ここでは瑜祇塔(ゆぎ)と呼ばれている。その意味する処は、胎蔵界金剛界両界曼荼羅を解説する瑜祇経によるものと言われ、この御堂の中は胎内くぐりができるとのことだが、今日は時間がなくて、オミットされた。

この寺の歴史も古く、行基の開基とされていて(行基は八十八ケ寺の多くを開基した)、弘法大師との所縁も深く、歴代天皇はこの寺に勅使を派遣して厄除け祈願をし、土御門上皇などは自ら参詣に訪れたという。それはこの直前の承久年間、鎌倉親政に反対する朝廷方が幕府転覆の乱を起こし、乱は惜しくも敗れ、その時の三上皇はそれぞれ遠島になり(後鳥羽上皇隠岐の島、順徳上皇佐渡島)、土御門上皇もこの地、阿波に遠流された一環の中での出来事だったと思われる。

この寺は又四国八十八景にも選ばれていて、確かに高台にあるお寺の境内から眺める阿波の海と日和佐の港は風光明媚であり、同行の参詣者も皆、見とれていた。以前来た時は、前方の小山に見える日和佐城まで行ってみようと、車を途中まで走らせたが、いずれ行ってもそれは現代の観光城、行っても意味はないかと途中で引き返し、徳島へ向かって北上したが、今は勿論そんな時間も無く、先刻やって来たバイパスのトンネルを再び通り抜け、阿南に出て、更にその先小松島にやってきて、その郊外にある恩山寺に向かった。今日の札所、打ち止めのお寺だ。



四国八十八景に相応しい良い境内だった。
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瑜祇塔は日和佐の町のどこからでも眺められる。
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再びバイパスを戻り、阿南を通り越して小松島までやってきて、今日最後の札所、恩山寺にやってきた。
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