この石段を登った先が寺の境内になる。
雨ではないが、少し霧がかかって来た。
三坂峠を下り降り、最初にあるお寺が第四十六番浄瑠璃寺。
緑濃い寺だ。奥に鐘楼が見える。
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ノーベル賞作家大江健三郎は内容が難しく、自分は殆ど読んだことはないが、唯一、息子の光君との触れ合いの記は読む機会もあって、親として心和ませるものがあった。ノーベル賞作家とは言え人の親、光君も愛情深く育てられた。彼の小説は読んだことはないのだが、常々いろんな場面で故郷、石鎚山の裏側、この面河川の情景、朝霧などに触れていた。彼の生家は今は広域合併で内子町に組み入れられているが、歩き遍路等の巡礼記を読んだりすると、そのお遍路道に面していて、巡礼者も実家を見ることができるとの事である。車で走っていると一瞬の間に通り過ぎてしまい、又、生家の道路看板でも出ていれば注意深く運転するのだが、そうした標識もなく、知らない間に通り過ぎてしまったようだ。
石鎚山の地下を何本のトンネルが掘られているのか知らないが、自分が知っているのは去年高知から香川に抜けた際、大歩危小歩危の地下辺りを掘り下げた長い地下トンネルと、先刻、今日通り抜けた三坂トンネル。東名の幾つかのトンネルと比べても、これも結構長いトンネルだった。大歩危小歩危が山の東側にあり、この三坂は西側にある。二つのトンネルが山を東西から縦断し、太平洋岸と瀬戸内地方を結び付けているのだ。昔の人は、これ等二つの峻険な峠を、てくてく歩き、巡礼していたことを思うと、隔世の感がある。
今はトンネルで簡単に来ることができるが、昔の人はその三坂峠を下り終え、漸く眼前に伊予の平野が見えてきて、暫く下り降りた場所に第四十六番浄瑠璃寺がある。ここから先は平野の中の遍路道となる。浄瑠璃とは随分綺麗な名前のお寺だ。山口に瑠璃光寺というお寺があって、そこにある五重塔は国宝に指定されているが、その時寺の僧侶に聞いた話では、瑠璃光とは瑠璃、玻璃の瑠璃で、宝玉の光り輝く様。薬師如来は別名瑠璃光如来とも呼ばれているとの説明があった。浄瑠璃は更にその瑠璃光を浄化したもの。この寺のご本尊も薬師如来だ。大仏開眼の前年、行基により開基されたとのことである。寺は平地にあるものの、沢山の草花、樹木に覆われていて、平地とは別世界を作っている。境内にある柏真は樹齢1000年を越えると言われ、現在松山市の天然記念物に指定されている。緑濃い静かなお寺だった。
奥に大師堂が見える。