ちゃおチャオブログ

日々の連続

12年ぶりの石垣島(27)沖縄の風土、風習。

サシミ屋の横には目立たない場所に霊所がり、女性が儀式を上げていた。

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今日2月12日は旧暦の元旦。御嶽(うたき)の前で祭事を行っていたのだ。

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ミンサー織の琉球絣が良く似合っている。

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沖縄には本土で失われてしまった古い習慣や古語、宗教などが残されている。今はインターネットの時代で、日本のどこにいても、東京や大阪、内地のどこの町、人とも即座に繋がり、時間的距離的隔たり、時空の格差は無くなっているが、半世紀前までの沖縄は内地から遠く離れた僻遠の地で、且つ一時的ではあったが、米軍施政下に置かれた異国の地でもあった。そうした特殊な環境の中で、沖縄には古い文化、伝統党が残されたのだろう。「海上の道」を著した文化人類学者の柳田邦男さんなどもそうした沖縄の古い伝承等に着目されたのだ。

 

先に西表島を訪問し、「西」を意味する言葉が「いり」と表現することを改めて思い出したが、その島から戻り、遅い昼食をターミナル横の「サシミ店」で摂ったが、その食事中、ちょっと先の人目に付かない物陰で、沖縄紅型を着た女性数人が寄合をしている。いや最初自分には単なる寄合に見えたが、その物陰を覗いてみると、そこは祓所になっている。

 

ああ、今日2月12日は旧歴の元旦だ。又明日からは生年祝いのトシビーだ。ここで女性数人が集まり、霊所の前で祝い事をしていた。よい所に出くわした。「サシミ店」もそうだが、この霊所も十数年前、近代的なフェリーターミナルができる以前からこの場所で営業し、紅型女性が祝いをしていた場所も以前は森のような木々に囲まれていただろう。

 

「御嶽」と言うと「木曽の御嶽山」が有名で、奥多摩には御岳山があって、その山頂には御嶽神社が祀られているが、沖縄では「うたき」と言って、宗教的には最も神聖な場所だ。内地の神社と同じように、「御嶽(うたき)」は沖縄各地にあり、その宗教行事は学者、研究者の大きな関心を集めている。日本の最初の官幣大社伊勢神宮の最初の斎宮日本武尊の叔母、倭姫で、爾来現代に至るも斎宮は皇族の女性が務めている。それは遥か昔の卑弥呼の時代を想起させるが、卑弥呼は祭祀を司った巫女とも言われている。

 

この沖縄でも「御嶽」で祭事を行うのは女性に限られていて、この神聖な場所には、身の浄い女性しか入ることはできない。沖縄では「のろ」という名前で、神聖な祭事を司っていたが、それは現代にも引き継がれている。「のろ」が「のろい」の語源になったとは思わないが、「のりと(祝詞)」との近似性はあるだろう。「のろとうたき」、偶然にも殆ど40年ぶりに見たが、今日がたまたま旧正(旧暦正月)だったというラッキーな面もあった。そこからぶらぶらユーグレナ通りに向かい、公設市場に向かった。そこで石垣牛の肉屋があって、孫に石垣ブランド牛のハンバーグとすき焼き肉を空輸してやった。

 

その後、ユーグレナモールに向かって歩くが、モールはコロナ禍で店は閉まっていた。

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代わりに公設市場に入って、石垣牛を買う。

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後で孫に聞いたら、美味しかったと、随分喜んでいた。

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