
理想的な世の中、みんなが喜ぶ社会。それは殆ど夢のような世界かも知れない。カナダ、カルガリーサミットがあっという間に終わって、何か拍子抜けの形で日常に戻った。半気違い、トランプが泊まりもせずに、その日の内に米国ワシントンへ戻ったのが、拍子抜けの最大の要因だったかも知れない。世界のトップ7,発足時の30年前だったら、冠たるBig7で、世界の問題はこの7国の話し合いで解決できた。その後中国が台頭し、インド、ブラジル等々のグローバルサウスが出てきて、G7の比重は低下してきた。米国を中心とするG7で世界の問題を解決することが出来なくなってきた。トランプ1次、再選2次以降、米国は孤立化を進め、G7は更に花を無くしてしまった。
カナダに集まったG7プラス招待国の首脳はトランプとの面談を画策していたが、それは日英を除いて、すべてご破算になった。最も宛が外れたのはゼレンスキーで、特別招待でカナダまでやってきたが、カナダに着く前にトランプは既に居なくなっていた。世の中はままならない。皆が望むような希望通りにはいかないのだ。バラ色の夢は殆ど見ることはできない。
貧乏人ではないが、金持ちとは言えない自分が幾つまで生きていたら気が済むのか。夢も希望も余りない人生を惰性で生きている。引っ越しなど、余計なことをして、このままこの家で、明日にでも死ねば、苦労は余りない。今の引っ越し苦労を子供たちにそのままそっくり譲って、自分は黄泉の中。子供二人には数千万の遺産を残すので、その程度の苦労はツーペーだろう。余りある。
世界の世の中もままならない、身近な自分もままならない。窮屈な世界の中で、窮屈な人生を生きている。ままならない、ということが地球が誕生し、人間が生まれて以降の不文律なのだろう。戦争は絶え間がないし、死者も増大している。自分も死ぬまでままならない人生を生きていかざるを得ないのか・・。
