ちゃおチャオブログ

日々の連続

11.17(月・晴れ)老老介護の殺人事件。

 

 

国立のこの小峰家族がどんな構成なのかは、報道がないので分からない。71歳の被告は去年の7月、102歳の母親を殺害した罪で逮捕され、今日東京地裁立川支部で懲役3年執行猶予年の判決を受けた。

 

テレビに映る映像を見ると、立川市内の平家の古い住宅で、この家に母子二人で住んでいた。立川市内にも所々こうした古い平家の住宅があって、自分も以前自転車で市内を走った時など、こうした民家を目にすることもあった。

 

102歳の母親は寝たきり状態で、トイレにも行けず尿瓶を使用していたようだが、施設にも入れずに娘が一人で面倒を見ていた。母親が施設には入りたくない、と言っていたようだが、内実は経済的な問題があったのかも知れない。自宅が自己所有なら処分すれば、立川市内だからかなりの高額で売却できる筈だが、建物は古く、借家かも知れない。

 

当日、母親はベッドから落ち、71歳の娘は助け起こし、ベッドに戻すことが出来ず、救急車を呼んで、助けてもらったが、救急隊員が帰る際に、今度又、同じようなことがあっても、救急車を呼んでもらったら困る、と言われ、悲観して母親を殺害したようだ。

 

逮捕時のテレビ映像を見る限り、71歳の娘は酷くやつれていて、戸籍上は自分よりはほぼ10歳若い生まれだが、映像は80過ぎの老女に見え、足腰の弱った自分よりも遥かに年上に見えた。精神的な苦労も多かったのだろう。

 

102歳の母親がどんな状態だったのかは、報道が無いので不明だが、寝たきり状態で、殆ど正常な会話、認知レベルではなかったかと思う。お金がないなら、本来行政で救済すべきだが、長生きにも問題がある。痴呆症になってもいつまでも長生きするのは、社会的に大きな負担を掛けることになるが、自身ではその判断ができない。

 

金さん、銀さんではないが、健康で100歳、110歳、それ以上生きるのは喜ばしい。プーチンの様に、人工臓器に差し替えてでも150歳まで現役を続けたいという、強欲人は別にしても、100歳を越えて、会話も出来ない、判断できない、ただ生きているだけの人間は、安楽死も認められるべきだ。社会や家族に大きな負担をかけ、今回のような殺人者まで作ってしまう。立法者も、現代にマッチした法体系を作るべきだろう。