一条寺の長い石段を登って行くと、左手の三重塔がどんどん大きく近づいてくる。

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国宝の三重塔。古色蒼然だ。

平安時代建立と言うから、もう1000年は経っている。

この三重塔をもう少し登った上に本堂がある。立派な懸崖造りだ。

一条寺参道石段の中程から左上手に三重塔の階が見えて来た。木造瓦葺きの塔は如何にも古めかしく、平安時代の建築で国宝となっている。石段は途中の平坦地もあって、そこで休憩も出来、又間近に塔を見ることもできる。この山中にこれ程の立派な塔を建立できた、播磨の地は豊かで、財力もあったのだろう。姫路駅からバスでやってきて、加古川の郊外に出たが、この寺のある土地は加西市だ。
余り聞きなれない市名だが、いつからこの市ができたのかは知らない。加古川を挟んで、川の両側に市が出来て、東側には加東市、西側が加西市。加東と加西、どちらも聞きなれない知名度の低い市であるが、その時の市長は誰か、随分安易な命名だ。しかしここには国宝の三重塔を有する一条寺があり、加東市には昨日参詣した西国観音霊場第25番播州清水寺がある。この播磨の地に2ケ寺もの霊場がある。平安時代からこの播州は土地が豊かで、栄えていたのだろう。今でこそ近代化の波に乗り遅れ、山間の過疎地となってはいるが・・。
長い石段は数カ所に平坦地があって、ベンチもあって休むことができ、大いに助かった。左手に三重塔を見ながら登って行くと、漸く本堂に着いた。この本堂も懸崖造りで、太い柱が本堂を支えている。京都清水寺程の髙い懸崖ではないが、傾斜地にこれ程大きな本堂を造るのは大変なことだっただろう。重文の本堂は裏手に回って、横の入り口から参堤できる。外に張り出された幅広の外廊下に出ると、正面に三重塔が目の前に立っている。その背後、周辺には西播磨の山野が広がっている。こんな光景を1000数百年前インドからやって来た開山の高僧も眺めたに違いない。
本堂の横手入り口から参内し、外廊下に出る。

幅広の外廊下の直ぐ目の前に国宝の三重塔が建っている。

山の中のお寺。人々の信仰に守られてきた。

長い石段を登って来た甲斐もあった。南無阿弥陀。南無妙法蓮華経。
