
安倍元総理の暗殺犯山上被告の判決が昨日奈良地裁で言い渡された。無期懲役。検察求刑通りの判決で、彼が暗殺に至った動機、家庭環境、元総理と統一教会との関連性は全く考慮されず、求刑に対する減刑も行われなかった。人の命には軽重はなく、総理であれ一般人であれ、価値は変わりないのだが、元総理の選挙中の暗殺が大きく考慮されたのだろう。
現状民主主義の日本では、暗殺であれ報復であれ、殺人は極刑もあり得る重大犯罪で、現下の日本ではやむを得ない判決だ。彼自身もそのように予想し、予想通りの結果となった。だが、物事には二面性があり、日本とは異なる社会、或いは事件を裏側から見た場合、彼は犯罪者ではなく、或いは時の英雄になっていたかも知れない。
統一教会は全くインチキな邪教組織だ。宗教を隠れみのにし、善良な日本市民をカモにし、それらしく教義で一切合切を奪い取る。数十万人の日本人家族がこの餌食になり、身包みはがされたが、その一人がこの山上家族だった。母親が洗脳され、家族は貧困にあえいだ。
日本人から奪い取った強奪金はそっくり本国韓国に送られ、文一族の豪華な贅沢に費やされた。統一教会の非道な集金システムを陰で支えていたのが安倍を中心とする自民党政権で、政治的に又法的にも保護されてきた。自民党とは互助会関係にもあり、選挙の際には洗脳信者が一致団結して自民候補に票を入れていた。安倍と教会とは裏で手を握っていた、一蓮托生の間柄だったのだ。
母親が邪宗にのめり込み、家族の忠告、懇請にも全く耳を貸さず、唯一、教会の指令に従って、合計1億円を越える家の資産、現金、土地などを売り払い、結果貧困に喘ぎ、長兄は世を絶望して自殺した。こうした家庭を破壊し、身内に自殺者も出した元凶は統一教会にあり、家族の人生も将来も奪ってしまった。山上被告に取っては、統一教会は邪教であり、許されざる存在だった。いずれこの恨みは果たさなければならないと。
教会幹部の暗殺を狙っていたが、警備が厳しく、近寄る事すらできず、だとすれば第2のターゲット、即ち教会を裏から支え、進んで教会のPR役を務め、更なる被害者の拡大に手を貸している安倍が、街頭演説なら近づくこともできる。奈良在住の彼に取って、安倍の奈良遊説は願っても無い機会だった。その結果、3年前の奈良西大寺駅前での暗殺事件が挙行されたのだ。2発の銃弾の内1発が見事に安倍を捉え,斃すことができた。彼の積年の恨みは遂に果たされた。山上同様に塗炭に苦しむ宗教2世に取っては、正に巨悪を倒した義挙だった。自分も2年前この現場を訪れ、山上の積年の恨みを思った。
日本は法治国家であり、暗殺と言えども殺人は最大極刑だ。理由は斟酌されない。山上も無期懲役は想定内で、控訴するかどうかは分からない。当然の判決と思っているのだろう。しかしここが日本以外の国、例えば中近東なりアフリカのどこかで、宗教政治が日本とは異にする地域で、彼が敵対する政治指導者或いは宗教者を暗殺したとすれば、それは英雄行為になって、人々から賞賛される。百十数年前、満州ハルピン駅頭で暗殺された伊藤博文は、日本人に取っては実に慨嘆すべき大事件だが、当時の植民地、朝鮮民族に取っては、この暗殺犯は英雄だ。暗殺行為は後世にまで語り継がれている。
いつの時代か、この悪徳カルトのあくどい悪行がすべて明らかにされ、安倍を中心とする自民政治との闇が公になり、善良な日本国民を食い物にしていた事実が公然となり、且つ、政体も変われば、彼は単に殺人者ではなく、朝鮮人安のように英雄になりうる。今既にカルト家庭の2世からは、悪縁を断ち切ってくれたヒーローだ。しかし安倍を師と仰ぐ高市が総理になり、再び自民党と教会との裏工作を正当化しつつある現状の日本で、山上を獄中から救い出す手段は限られている。このままずっと無期限に刑務所に勾留される可能性も高い。しかし、そうであっても、彼は悪の連環を断ち切った英雄であることには変わりない。いつの日か英雄になりうる。
