ちゃおチャオブログ

日々の連続

西国観音霊場三十三番華厳寺巡錫と美濃の旅(10)垂井宿町歩き。

  • 相川橋から先は旧中仙道だ。左手のビルは大垣銀行の支店。

大垣銀行がこの通りの唯一の近代的なコンクリビルだ。

 

通りの中程にある昔の旅館。つい最近まで営業していたようだ。

 

脇本陣跡のようだ。

 

 

相川に架かる橋から先は旧街道だ。古い町並みが続くが、道幅は街道だけあって、充分な広さを取っている。前回の巡礼で近江長浜を歩いたが、その町の中心を走っている北国街道と同じような道幅で、同じような古い民家が並んでいる。長浜は琵琶湖に面する観光都市で、通りを歩く人の数も多かったが、ここは、本当に寂れたような街並みで、猫の子1匹も通らないような忘れ去られた町並みだ。

街道の入り口には3階建てのビルがあり、これがこの通りで一番高く、唯一のコンクリビルだが、袖看板を見ると大垣銀行の垂井支店となっている。車が時々通り抜けるが歩行者を見ることは無く、街道のかなり先まで歩く。ここが嘗てのこの町の商店街で、嘗てはそれなりの賑わいも見せていたに違いないが、今は全く見る影もない。

昔の宿場町らしく、通りには数軒の旅館や旅籠の看板が立っていて、中には脇本陣跡の標識なども見える。つい最近、昭和30年代頃まで営業していたと思われる旅館には飯賣旅籠屋などの看板も見える。江戸時代の旅籠では食事が出ず、旅行者はお米を持参して泊まったようだが、その習慣は場所によっては戦前まで続いていたようだ。

町の中程に左の曲がると南宮大社の参道になるが、少し歩かなければならない。又右折すれば、明治天皇が泊まられた御旅所、本龍寺もあるが、もう足が動かない。駅からは相当に歩いた。そろそろこの辺で引き返そう。この街道をずっとそのまま歩いて行くと、次の宿場は関ヶ原になる。凡そ5里もない距離で、元気な頃だったら、駆け足で抜けただろうが、もうとても無理だ。相川に架かる橋の上から、川上の伊吹の山並を眺め、関ヶ原、琵琶湖を想像し、駅に戻った。

 

飯売旅籠屋の看板が今でも掛かっている。

 

昔の商家。何の生業をしていたのだろう。

 

垂井駅に掛かっている町の観光案内。南宮大社、竹中半兵衛跡、等々。

 

夕方、アパホテルに戻る。かなり歩き、疲れた・・。