伊根からは再びバスで天橋立駅に戻って来た。駅前の街並み。

天橋立駅からは電車に乗って終点の西舞鶴駅にやってきた。駅ビルも駅前も綺麗に整備されている。

西舞鶴駅前に立つ案内ボード。

国道上で中々やって来ない路線バスを20分程待って、漸く宮津まで戻ることができた。高台を下りた直ぐ下が伊根の旧町中で、そこには相変わらず沢山の観光客がいて、ここで下車するのは止めてそのまま宮津駅に向かった。宮津湾をぐるっと回って旧道を通り抜けるが、その最初の町が与謝野町。与謝野鉄幹の出身地ではあるが、彼よりもむしろ奥さんの「君死に給うことなかれ」の晶子の方が有名だ。ああ、与謝野町って、こんな所にあったのか・・、とバスの中で思った。
宮津湾に面した古い町並みが続くが、国道沿いの中学か高校などは比較的新しく、綺麗に整備されている。宮津駅の手前、天橋立駅で下車し、ここからは丹後鉄道に乗って宮津駅に出て、そこで更に宮津線に乗って、今日の宿泊先西舞鶴へ出るのだ。20年ほど前、天橋立にやって来た時は、今日と同じようにここから西敦賀に出て、そこではホーム上から駅前の情景を眺め、次の電車に乗って、京都へ戻った。この路線に乗るのは今日が2回目だ。
2両の電車は幾つかの無人駅に止まり、4時過ぎに西舞鶴駅着。今晩は駅前の旅館で、駅からは徒歩4-5分だ。以前来た時も駅舎は今日と同じように既に改築されてて、少し高い位置のホームから駅前のケーズ電気の3階建て大きなショッピングセンターが左側に見えたが、今も同じ場所に同じ大看板が出ている。地方だからなのか、案外変化はないものだ。
駅前広場も整備されていて、左側のSCの前の広場を横切り、旧来の市道を少し進んだ左側に今晩の宿はあった。明日巡礼する予定の松尾寺は不便な場所にあり、西舞鶴に泊まるのが明日の行動に便利かと思いホテルを探したが、アパにしてもルートインにしても少し予算オーバーで、それなら昔からある駅前旅館が良いだろうと、ネットで予約した。昔からあるような割烹を兼ねた旅館で、今でも宴会などには使われているようだ。夕食までには少し時間もあり、キャリーバックを玄関先に置いて、少し町を歩くことにした。
駅前を横断する国道。

この町ではバスがまだ市民の足になっている。

この先の市道を入った先が今晩の宿泊旅館だ。

3つ星旅館の銀水閣は割烹旅館のような感じだった。

内庭などもあり、中々凝っている。
