ちゃおチャオブログ

日々の連続

中国・歴史の旅(45)洛陽郊外、偃師(やんし)を通る。

アーバスは洛陽郊外に出ると広々とした畑地が広がっていた。
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ここでは端正な農作業が行われていているようだ。
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広々とした感じは北海道の農地にも似ている。
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郊外の一本道をバスはひた走る。
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今日のツアーのガイド。
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アーバスは新市街をあっという間に通り過ぎると、後は洛陽郊外の田園地帯をひた走る。信号も無く、渋滞もなく、余り交通量の多くない直線道を、ずんずん進んで行くので、ひた走るという表現がピッタリだ。田園の先にちょっとした小高い山が見えてきた。昨日、洛陽へ着陸する直前、飛行機の窓から雲間に見えた山並の一部だ。この山中に嵩山・少林寺がある。

田園は丹念に耕されていて、日本の畑地と変わらない。というか、日本の内地の畑地と比べるとその規模は大きく、北海道の集約農地を見ている感じでもある。4月の下旬、この青々と繁った青葉は小麦か大麦に違いない。いや、ひょっとして陸稲か。巨大な農業国家でもある中国は農法も近代化され、収穫高も高そうだ。

田園地帯を通り過ぎると、又、古い町並みの続く街道を走る。道路の両側には原炭というか、石炭屑のような山があちこちにうず高く積まれていて、小山のようになっている。ここが有名な偃師の無煙炭、露天掘りの町だろうか。「偃師」と書いても知っている日本人は殆どいないだろうし、ましてや読める人もいないだろう。偃師」は「「やんし」と読んで、三蔵法師玄奘は実にこの町で生まれている。洛陽からはバスで1時間程の郊外の町、丁度嵩山(少林寺)の山塊が始まる麓の町だ。昔だったら徒歩で半日位で洛陽に行けただろう。

古びた街並みの偃師を通り過ぎると、バスはこれからいよいよ嵩山の高見に上って山道を登って行く。しかしその勾配は3年前に行った五台山の坂道よりは遥かに緩やかだ。五台山ではバスもトラックも喘ぎ喘ぎ坂道を登って行ったが、ここではギヤを一段落し、ややスピードを下げる程度で坂道を登って行く。偃師からは30-40分の乗車で嵩山山頂にある少林寺に到着した。
 
 
 
ツアーのお客さんも疲れ気味だ。
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農地を過ぎると古い町並みに入って来た。
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町の看板を見ると偃師(やんし)と出ている。ああ、偃師!ここがそうだったのか!
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道路の両側には野積みにされた石炭の山があちこちに見える。
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「偃師」(やんし)、三蔵法師の生まれ故郷だ。
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