ちゃおチャオブログ

日々の連続

中国・歴史の旅(46)嵩山の山並み。

バスは偃師(やんし)の街を通り過ぎると、嵩山の山中に入って行く。
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内陸部で雨が少ないのか、大きな大木は見当たらない。
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山中の家屋はどこも貧しそうだった。
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岩肌が迫ってくるが、奇岩絶壁のようなところはなかった。
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山肌にへばりつくように家屋なども見える。
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石炭の小山があちこちに野積みされている古い町並み、偃師(やんし)を通り過ぎると、バスはなだらかな山並に入る。ここが有名な嵩山の山並みだ。何が有名かと言うと、中国では名所、旧跡に良く冠を付けて、「五嶽」とか「五山」とかの名前を場所の前につけて、その優位性を競いたがる習慣があるが、この「嵩山」もその「五嶽」か「五山」の一つに入っていて、有名な山である。

この余り変哲もないような山を中国で指折り数えられる程の有名な山にしている理由は、偏にこの山中に名高い「少林寺」があるからであり、人々はこれを合わせて「嵩山・少林寺」と呼び慣わしている。処で、中国で一番の明峰は「泰山」であり、古来より「五山・五嶽」のトップに君臨し、中国「第一峰」と言い習わされている。


バスはいよいよその山中に入り込む。道路が大きく蛇行していて、時々窓の外に偃師辺りの平野部が見え、町並みなども遥か遠くまで見通せる。中国大陸の広大な大地が広がっている。道路のすぐそば、間近に見える集落とか民家は、どこも貧しげだ。家は傾き、土塊のような粗末な造りで、大風でも吹けば一押しでなぎ倒されるようなみすぼらしいものだが、これが現在の中国の都市部と農村部の生活レベルの格差を示しているのだろう。この光景は丁度大同の街から、重文の木塔を通り過ぎ、五台山の山中に入り込む麓辺りの集落で見たのと同じような光景だった。

五台山へ行った時は、山が高くバスは一気に登ることが出来ず、山頂直下の峠の平坦地でエンジンを休め、その周辺には土産物の屋台、観光案内なども出ていたが、この嵩山はそれ程高い山ではなく、多分、1000mも越えない様な山の連なりで、バスは一気に峠を越えて、少林寺の広い駐車場に到着した。山中は30-40分の行程であったが、泰山で見られるような奇岩、奇峰の様な目を惹く山塊はどこにもなく、山自体は平凡なものだった。
 
 
 
 
バスが高見に登ってくると、眼下の視野が開けてきた。
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広漠とした平原が広がってくる。
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この辺が峠になるが、嵩山もそれ程高い山ではない。
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峠を越えると少林寺関連の建物が見えてきた。
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ああ、少林寺の入口だ。全く観光地化している。
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