ちゃおチャオブログ

日々の連続

ラオス北部紀行(11)ビエンチャン「タラート・サオ」で。

ラオスは織物の国だけあって、そうした布製品の店が多い。
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モン人の女性の店。
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ここで手提げバッグ2個をお土産に買った。
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新しいビルの1階には電気店なども入居している。今、洗濯機が売れているようだ。
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2階は貴金属、宝石店が殆どだった。
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こうした「金融商品」は華僑が主に経営しているに違いない。
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ビエンチャン中央市場「タラートサオ」。ラオス語とタイ語は近い言語で、「タラートサオ」はタイ語で「朝の市場」と言った意味。昔ここで朝市が開かれていて、現在のように発展したと思うが、そう言った意味である。ラオス語でどういうか分からないが、多分似たような言い方だと思う。勿論ラオス人には「タラートサオ」で通じるので、ここまでの道を間違えることはなかった。

6年程前、最初にこの町に来た時は、ここの市場は薄暗い電燈の下で、果物、生鮮食料、魚肉類、それにフランスパンなどを大量に売っていたが、3年前に来た時は、隣に新しい市場のビルが出来ていて、建物はほぼ完成していたが、入居が埋まらず、3階以上は空きフロアーになっていた。1階の店舗の幾つかで、ビトンやシャネルなどが随分安い値段、数百円程度で売られていて、それは当然に偽ブランドと分かるものだったが、店の人に聞いてみると、「Korea, Korea」と言って、最初から韓国製の偽ブランドだと明らかにした上で、500-600円の値段を言っていたのを思い出す。

3年振りにタラートに入るが、旧市場は以前どおりで、細い通路の両側に衣料品店、雑貨店、土産物店。食品店などが、こまごまと並んでいて、懐かしくなる。ラオスは織物の盛んな国。このタラート内にも幾つもの織物店がある。綺麗な織物店に立ち寄り、布を見ていると、女性の店主が「モン人」だと言う。ラオスにも多くの小数民族が住んでいるが、珍しい。

女店主と話をしていると日本人の夫婦がやってきて、色々とバッグなどを見繕っている。聞くと八王子から来ている夫妻で、毎年この時期、ボランテアでビエンチャンの図書館に来ているとのこと。ラオス織のバッグが綺麗で、知人から土産を頼まれ、5-6個買って持ち帰る、とのことだった。

旧建物から新ビルの方に行って見る。1階は以前と比べにぎにぎしくなっている。店舗も増えているようだ。2階に上がると、ここはまだ半分程度の入居率。その殆どが貴金属、宝石商だ。純金のチェーンなどを売っている。金行、銀行は中国系の華僑かも知れない。3階以上はまだ無人で、上がれないようになっている。3年経ってもこんなものか・・。1階に戻るとモン人経営の喫茶店があり、一休みする。又、写真も撮らせてもらった。
 
 
 
 
ここは携帯電話店。ラオス語で書いてある。
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1階コーヒー店のモン人経営者と従業員。
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コーヒーは東京と変わらない香りと味だった。
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お正月の贈答品のようなものも売られている。
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これも又ワンセットで売られている。日本の福袋のようなものか。
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さて市場の外に出て、次にバト―サイに向かう。
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