ちゃおチャオブログ

日々の連続

5.8(土・晴れ)離島で暮らす。

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今日のBS6で、路線バスの旅、石垣・西表、と番組表にあったので、2月に西表に行った時に乗車したバスの運転手、児島さんが出てくるかと楽しみに見ていたが、彼は出てこなかった。だが、沖合のサンゴ礁を案内した船長兼ダイバーも、その後の秘境の滝を案内した案内人も、内地からこの島に移住し、もう30年以上になるという。この島に根が張って住み着いた。児島運転手ももう10年になるという。最初にSUVで白浜まで案内してくれた女性ドライバー兼サーファーも島に移り住んで4年になると言っていた。

一昨日の番組では、人里離れた場所に住む人の番組があった、その時も西表が出てきたので、見ていたら、本当に電気も水道もない浜辺近くの小屋で、20年数年、サバイバルの生活をしているという。彼は東京出身で、4人娘がいて、長女が小学4年の頃離婚し、男で一人で4人の娘を育て、最後の4女が高校を卒業した時に会社も辞め、自転車で国内を回り、この島にたどり着いたという。時に48歳。自分よりは2歳下で今は72歳だが、元気そのもので、自然の自活生活をしている。こうした自然の生活が、彼の性に合ったいるのだろう。

今日の昼の番組では、奄美の加計呂麻に暮らす人々がNHKの24時で放映されていた。出てきた何人かは内地出身で、この島に移住し、生活をエンジョイしている。名瀬空港からは車で約1時間半、奄美の最南端瀬戸内町の安仁屋港から海上タクシーで加計呂麻に渡る。2年前、自分も安仁屋港まで行ったが、こんな海上タクシーがあるとは知らなかった。知っていたら、加計呂麻まで渡ったのに・・。

しかし皆、内地からやってきた人々は、浮世離れしたすがすがしい顔立ちだった。世間の悩みもそれ程ないのだろう。精神の健康。離島に住む人が羨ましい。

生前は売れなかった画家の中村一村も晩年はこの島で暮らし、殆ど貧困の中、52歳で急死した。死後彼の絵は評価され、奄美の美術館には特別展示室が設けられ、箱根の岡田美術館にも何点か展示されている。売れない彼に取っても、この島は過ごしやすかったんだろう。自分は死ぬまでこの小金井から離れられないか・・。

 

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石垣再訪(10)川平湾の草花。

川平湾は自然公園になっていて、湾の周辺には様々な花が咲いている。月桃、サンニンの花だ。

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福木の青葉も青々しい。

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ユリと浜百合が一緒になって咲いている。

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名前は知らないが、綺麗な花だ。

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内地で言うサツキのようなものか・・

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川平湾は戦後暫く経ってから全国旅行ブームが沸き起こり、ここが旅行雑誌などに紹介される以前は、わざわざやって来る人もなく、全国的には全く無名の村落だった。昭和30年代以降、人々の生活にも余裕が出てきて、外国旅行は無理としても、国内各地への旅行が活発に行われるようになった。そんな中でも、沖縄本島よりも更に先の石垣島、更に辺鄙な川平湾は旅行者にとっては秘境のような場所だったろう。多くの観光客は内地では見られないコバルトブルーの海を見て、感激したに違いない。

 

石垣市内からやってくる県道はこの集落の中ほどでロータリー広場になっていて、町はこの広場を中心として広がっている。広場から真っすぐ海に向かって2‐3分進むと、川平湾を見下ろす高台になっていて、そこには展望見晴らし台もある。今日は霧雨模様の雨雲で視界は悪いが、天気の良い日にはここから湾越しに於茂登岳が眺められる。又ここには随分早くからクラブメッド、即ち世界の超リッチなリゾート地をプライベートに囲い込み、そこに豪華なコテージを作り、世界中からお金持ちのお客さんを招く豪華ホテルも、この湾のロータリーを挟んだ湾とは反対側の岬にある。12年前、レンタカーでこのホテルの前まで行ったが、余りにもこのホテルがプライベート過ぎて、このホテルの格式と自分との大きな落差を感じ、敷地の前まで行ったが、憚ってUターンしたこともあった。

 

先の高嶺酒造はこのロータリーから県道を少し下った場所にあるのだが、そこからは海沿いの遊歩道をUターンしてロータリーに戻ることもできる。このクラブメッドを有する世界でも有数な観光地、川平湾。全体が自然公園のようになっていて、遊歩道の周辺には様々な南国の花が咲いている。当方、花の名前には疎く、ほんの少しの花の名前しか知らないが、それでも以前見たことのある花とか、沖縄時代、何回か食べたこともあるむーちーびー、即ちサンニン、月桃の花も今頃が丁度満開だ。・・ああ、花の名前を知っていたら、一つ一つに呼びかけ、挨拶も出来るのだが、残念だ。今自分にできることは、写真を撮ることしかなかった。

 

ああ、プルメリア。ハワイではレイに使われる。

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パパイアの実まで生っている! 青パパイアはここでは木になる野菜だ。

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ハイビスカスも色鮮やかだ。

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何のクレマチスだろう・・。

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ああ、サンニンが沢山咲いている。

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5.7(金・曇り)茨城境殺人事件犯逮捕。総理会見。ビットコイン売却。

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茨城と埼玉の県境にある境町で、1年半前に起きた凶悪殺人事件。雨の深夜、1家5人が就寝している民家に押し入りり、両親を殺害し、子供3人の内、二人に重傷を負わせて逃亡した。盗まれたものもなく、何の目的の犯行かも分からず、当時、この近くの町でブラジル3世の狂人が住民複数を殺害した事件があったが、その連想で、この町の周辺にも外人季節労働者も多く、そうした狂人の犯行かとも思われていたが、今日、県警境署は埼玉在住の無職26歳の男を容疑者として逮捕した。

物証も乏しく、本人は否定している。先ず、その犯行動機が不明だ。本人は免許証はなく、雨の中、孤立したこの1軒家にどこからどうようにしてやってきたのか・・。警察は当然見込みではなく、確たる証拠があって逮捕したのだろうが、それは裁判に耐えうる証拠なのか。

しかし不思議な事件だ。アガサクリスティーのミステリーの中にでも出てきそうな意味不明の事件だが、その後の警察捜査、裁判の経過には大いに興味を持っている。

 

夜7時のニュース時間に合わせ、総理会見。コロナ対策の緊急指令延長戦の発令だ。確かにコロナとは戦争だ。だが、それによって国が沈没する訳でもないだろう。

 

今月からビットフライヤーが二重認証方式を取り、ページを開くのが困難になった。何回トライしてもアクセスできない。夜、たまたまペイジが開かれた。いろいろ考えたが、今後もこのようなことがあると問題だ。持ち分を処分し、解約することにした。

4-5年前10万円で始めたが、そのしばらく後、急落し、2‐3万円にまで落ちた。処が、最近になって急騰。70万円を越えてきた。手数料、スプリット等で67万円の現金となり、すかさず引き下ろした。10万円が6倍以上になたÞのだからやめられない。あーあ、100万買っておけば、700万になったのに・・。損続きの株式、FXで、久方ぶりの朗報だ。

 

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石垣再訪(9)高峰酒造で於茂登を購入。

川平湾ロータリーから歩いて2‐3分の場所に泡盛於茂登の醸造元高峰酒造がある。

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その酒造会社の手前には、こんな古い家系と思われる住宅もあった。

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酒蔵に入ると、大きな土甕が目を引いた。奥が展示場兼販売コーナー。

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醸造所へ入ったのは初めてだ。大きなモロミ壺が並んでいた。

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一部の甕では既にぽつぽつ発酵が始まっている。

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石垣に何軒の泡盛酒造会社があるのか知らないが、於茂登は有名だ。前回2月に来た時もお土産で小瓶を買って帰った。この川平湾にはInaさんが以前仕事の関係で訪問したことのある於茂登醸造元、高峰酒造があるとのこと。川平の広場から歩いて数分の場所にあり、行ってみる。泡盛の試飲ができるとのことで、それに釣られた意味もあった。

 

広場からほんの2‐3分のバス通りに面して、その高峰酒造があった。表の看板には見学者歓迎の看板も出ている。建物の中に入ると、直ぐの場所がモロミを仕込む大きな土甕があって、如何にも酒元へ来たという感じだ。奥の方に展示販売のコーナーがあり、事務の女性がやってきて、説明までしてくれる。モロミから醗酵、醸造と、ここが酒造所になっているようだ。銘酒於茂登はここから全国へ出荷されている。撮影もOKだ。何も特許があるわけじゃないから、秘密も何もないのだろう。Inaさんから言われた試飲について、聞いてみると、あり付けた! 楽しみにしていた於茂登を飲めて、気分も良くなる。展示品を見ると、高い古酒なども置いてあるが、それでも10万円を越えるものはない。ウイスキーや高級ワイン、ブランデーとは違うのだ。試飲をさせてもらって、そのまま黙って帰るのは申し訳なく、少し荷物にはなるが於茂登の4合瓶を買って帰る。

 

帰りのバスの時間までにはまだ30分ほどある。道路を隔てた反対側には養殖真珠の販売店がある。どんなものか覗いてみることにした。綺麗なショールームの土産店で、展示されているものも高額だ。本物の真珠だから当然なのだが、今は現金の持ち合わせがない。娘に買ってやりたくてもカードも持ってきていない。入った時は店内に誰もいなかったが、マイクロバスでやってきたのか、5ー6人のツアー客がやってきて、それを汐に外に出た。客はいないようでも、少しはやってくるのだ。先刻の高峰酒造でも、最初は誰もいなかったが、どこで聞いたか、調べたか知らないが、レンタカーのカップルが2組ほど入って来た。人がやってくれば物も売れるに違いない。土産店にとって、人流は欠かせない。

 

このパール店の外にはベランダ風のラウンジがあって、天気の良い日には正面に於茂登岳が見えるのだが、今日の雨雲では全く何も見えない。そもそもこの喫茶ラウンジはコロナ禍で閉店中だ。・・いつまで続くこのコロナ。今度はバス通りではなく、海沿いの遊歩道を歩き、この浜辺に咲く南国の花を眺めながらゆっくり広場へ戻ることにした。

 

酒造所の奥には展示販売コーナーがあり、ここで於茂登の試飲を頂けた。

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試飲を頂いたので、何万円もするような高い壺酒を買うのは無理だが、4号の於茂登をお土産に買っていく。

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道路の向かい側にはパールの直売店もある。

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店内は残念ながら撮影禁止だった。

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店の入り口には、この浜で取れたという大きなシャコ貝が展示してあった。

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5.6(木・晴れ)連休明け。野川1万歩。

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長い連休が明けても、今日から日常生活が戻るとは言えない今年のコロナ非常事態宣言下の毎日。非常事態を見越したか、都知事の要請によってか、鉄道各社は運行本数を減らしているので、朝の通勤ラッシュで大混乱。小池先生が、リモート、リモートと叫んでも、従う会社、社員はそれ程いない。連休が明けたら会社に出る、というのがサラリーマンの習性だ。明日から鉄道各社は平常ダイヤに戻すという。

 

先週金曜日以来1週間ぶりに開いた東京市場。この間、NYは高値を更新していて、東京で溜まったマグマが噴き出るように、一時は600円を越える上げ。最終的には518円上げで終了。ただ尚29,331円で低迷。3万円までには程遠い位置だ。それでも当方のマイナスは減り、助かることは助かったが・・。このまま来週以降、底抜けしてくれ!

 

昨日がグヅついた天気で一歩も外に出なかったが、今日は初夏の快晴。半ズボン、半そでになって野川を歩く。1万歩を越えた。昨日は菖蒲湯にははいらなかたが、それでも元気を取り戻せた。

 

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石垣再訪(8)川平湾観光。

川平湾に向かう途中、バスの車内から於茂登岳が見えてきた。

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12年ぶりにやってきた川平湾。間違いなく美しい。

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今日は霧雨模様の曇天だが、それでも海の緑は映えている。

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全く掛け替えのない美しい海だ。

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海をバックに記念写真を1枚納めて置く。

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石垣へやってくる観光客にとって欠かせない場所の一つに川平湾がある。離島では竹富島西表島があるが、海が荒れてフェリーが欠航になった時でも、この川平湾は車やバスで行けるので、ツアーでもこの場所は定番のコースとなっている。バスでも市内のバスターミナルからは30分も掛からない。ただ路線バスの場合、本数が限られていて、夕方も早い時間に最終となるから、帰りのバスの時間を把握しておかないと、帰れなくなるか、タクシーで帰らざるを得ないことになる。

 

自分は旅行好きなだけであって、旅行を職業にしているとか、ツアーガイドでもなく、国内外を通じてそれ程多くの観光地を知る訳ではないが、この川平湾は、そんな自分から見ても美しい浜辺の5指には入るだろう。12年前、初めてこの湾を見た時、その時は既にタイや東南アジアの有名海浜地を見てきたが、この湾はそれ等のアジア各地の浜辺と比べても、全く引けは取らない海浜と思えた。地中海のリビエラとかハワイのワイキキのように、砂浜はだだっ広いが人に溢れ、浜辺を見にきたのか、海水浴客を見に来たのか分からないような有名観光地と違って、ここは静かな、俗化していない、自然のままに残された海辺の景色だった。映画のロケ地になっていないのが不思議だった。

 

今日は少し小雨混じりで、空も曇っていて、12年前の快晴の下で見た浜辺とは、少しカラフルさは欠けてはいたが、それでも強く引き付ける景観の美しさはあった。石垣にやってきた初日、ホテルにチェックインする前にこの国定公園の浜辺を見ることによって、やってきた満足感は得られた。12年前の快晴の下、本当にエメラルドの海が広がっていた。まるで大きなエメラルドの宝石を敷き詰めたように、海が広がっていた。得難い自然のパノラマ美。もしも石垣へもう一度やってくることがあれば、是非もう一度見たいと思っていた。前回2月訪問の時は、天気も悪く、余り移動もできず、唯一西表島へ渡っただけで、ここ川平まで来ることは出来なかったが、今日、こうして再来することが出来、今回の旅行も仮に波照間へ行けなくても、この湾を見ただけで満足だ。崖の上から浜辺を眺め、崖の下に降りて、砂浜に足を踏み入れ、満足のいくまで海を眺めた。

 

川平湾と言う名前の通り、ここは大きな湾になっている。

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霧雨に煙る湾も又風情がある。

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浜辺に降りて、目前の海を見る。

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コロナで客も途絶え、缶億ボートは係留されたままだ。

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極わずかだが、やって来る観光客もいる。晴れていたら、この先に於茂登岳が見えるのだが・・。

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5.5(水・霧雨/曇り)テレビ漬け連休終了。

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子供の日の今日で、長い連休は終了する。元気な頃はこの連休を利用して東南アジア方面を旅行していたが、今は経済的な余裕もなくなり、旅行は足遠くなりつつある。それ以前は、家族で実家の伊豆に帰っていたが、母が亡くなってからはそれも間遠くなった。

去年から今年に掛けてはコロナ下での巣篭り。外国へは全く出られない。それに先週石垣へ行ったばかりで、今年の連休は自宅でひっそりテレビ漬けとなる。

日曜日、今は亡き渡瀬恒彦演ずるタクシードライバー、主人公役の奥さんが伊豆の戸田出身で、渡瀬こと、夜明運転手が奥さんの実家西伊豆の戸田までタクシーで運び、現地の景色がふんだんに出る。懐かしく思って、テレビの中の景色を眺めた。もう随分と帰っていない。姉の葬儀以来だからもう4年にはなるか・・。

昨日は快晴で自転車で深大寺まで出たが、今日などは曇り空の霧雨模様。外に出る気分にもなれず、朝から古いサスペンスドラマの見続け。この1週間、何時間テレビを見ただろう。余り考えず、本も読まず、流れる映像を見て、ハラハラする。いつの間にか全く受動人間になってしまった。これが高齢化現象の一つの表れか・・。段々こうして非活動になり、歳を取っていく。老化で寝たきりの一歩手前だ。

 

昨日平井さんから電話が来た。一昨年のコロナが流行る直前自宅へ見舞いに行き、話していることが殆ど理解できなかったが、昨日の電話ではかなり聞き取れるようになり、彼は懸命に努力している。今日は又、長文のメールまで来た。自分自身で文字を打ったとのこと。まだ歩くことは出来ないが、毎日懸命に努力しているとのこと。前向きの姿勢、努力は自分以上だ。考えが健全で、病んではいない。ひょっとして、自分よりも長生きするかも知れない。

メールでは戸田の思い出をいろいろ書いてあった。彼に取っても戸田は思い出深い場所だろう。歩けるようになったら、何人かで行こう。

 

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