ちゃおチャオブログ

日々の連続

7.18(木・晴れ)半分ドボン。

 

 

昨夜も大変だった。米国赤字を嫌うトランプが円安と元安、二つの通貨をやり玉に上げ、大統領になったらレートを是正するという。どうじに日本では向こう見ず河野が円安は放置できない。早急な利上げを日銀に働きかける、と言ったもんだから、昨夜も又円がガクンと高くなる。一時は160円台だったのが、この2‐3日の円高で5円以上も値上がりし、150円台に突っ込む。

 

信用率は60%を割り込み、LCまで20万を切る始末。もうこうなったらドボンもやむを得ない。覚悟を決めて、3時には寝に着く。5時、起きたらまだドボンはしていない。しかし酷い状態には変わりない。

 

6時、追証通知。526,000円。今日の真夜中までに入金乃至持ち分処分をしないと、強制売却される。もう50万等持ち出す資金はない。昨夜、いっその事ドボンしていたら元金103万円が戻って来る。そっちの方が良かったか・・。

 

兎も角午前中は強制売却されない為に持ち分を減らす。先ず初めにランド全持ち分73万枚を処分。追証額が半分以下になる。次にペソの10万枚。これでもって追証はゼロになった。しかしまだ尚信用率は80%台で、マイナス40万程。このまま明日の朝を迎えたら、再びの追証。こんな感じでドンドン資産を減らして行く。因業だ。

 

 

秋の札幌4日間(1)仲間4人で成田より出発。

東小金井発、朝一番の電車で成田に向かう。

 

久し振りにやってきた成田。Sprinng Japanは一番外れのウイングだ。

 

飛行機は定時に成田を離陸する。

 

  • 眼下に成田高速道も見える。

  • 今日10月24日(火曜日)、友人4人と札幌旅行に行く。神戸に住む稲さんがホテル込みの安いツアーを探してくれて、彼は神戸から成田に飛んできて、我々東京組は成田に集結して、稲さんとは成田で合流して、4人で一緒にSpring Japan航空と言う、初めて聞く名前の飛行機で札幌に行き、市内のホテルで3泊し、27日(金曜日)に帰って来る、3泊4日のツアーだ。後で分かったことだが、Spring Japanとは以前の春秋航空のことで、中国系の航空会社だ。羽田には来ていないが、百里基地に隣接する茨城航空に飛んでいて、中国から沢山の団体客を運んでいる。まあ、日本の国道交通省航空局の認可を受けた会社だから、運行上の問題はないだろう。

  • 成田8時25分の出発は、2時間前の6時半に空港に着く為には小金井をほぼ一番の電車に乗らなければならない。足が悪くなって歩行にも時間がかかる。その分の余分な時間もプラスしておかなけばならない。自宅を4時に出て20分かけて駅まで向かう。ホームは日の出前でまだ暗く、電車を待つ人も2‐3人。東京駅には出ないでそのまま錦糸町まで行って総武線に乗り換え、船橋京急成田空港行に乗り換え1時間ほど前には成田に着いた。成田に到着してからの空港カウンターまでが又大変だった。Sprinngは後発会社で一番端っこの離れたウイングにあって、京急駅からの距離が半端でない。

  • 4人が揃ったのは受付カウンターが閉じられるギリギリの時間で、そこから又出発ロビーまではかなり歩かされる。もう旅行に行く前から疲れてしまった。それでも事前に予約していた座席は31Aの窓際で、久し振りの札幌行、窓からの眺望を楽しめるだろう。ボーディングタイムは8時。8時10分にはドアが閉められ、定刻の5分前には離陸を開始した。今日の天候は良さそうだ。日本列島北半分の眺望を楽しむことにしよう。

人工的に造成された街。どこの町だろう・・。

 

あれれ、機は一旦南下するのか、左手に九十九里が見えてきた。

 

どんなコースを飛んでいるのか、左手に富士山が見えて来た。

 

10月。冠雪前の黒鉄富士だ。

 

7.17(水・晴れ)夢の球宴、MLBオールスター。酷税に追い詰められた男。今晩はダメだ・・。

 

 

MLBオールスターが日本時間今日9時からテキサス州オースティン、レンジャーズ球場で行われた。夢の球宴。出場選手は家族同伴でレッドカーペットを歩いて入場。殿堂入りのレンジャーズ名選手も万雷の拍手を受けて入場。僅か1日のゲームに全米から一流の選手が集まり、アリーグ、ナ・リーグの対決をする。

大谷3回表、2ランホーマーを放ち、先制点。日本選手初のオールスター戦ホームランだ。が、残念ながら、その裏に相手が勝ち越し、ア・リーグは敗北となり、大谷のMVPは来年に持ち越しとなった。同年のピッチャー、今永も3回に登板、相手3人をぴしゃりと抑え、出来は良かった。

 

愛知県高島市での事件。勿論、市役所に乗り込み、ガソリンを撒いて、自分も死のうとした62歳の男が悪いのだが、この男と納税課とは長年に渡ってトラブルがあったようだ。滞納税金を一度に払いきれずに、月10万円の分割支払いで合意していたが、最近になってその10万円も支払うのが困難で、5万円に減額することをお願いしていた。

 

しかし市としては特別扱いすることはできなかったのだろう。昨日この男は出刃とペットボトルに入れたガソリンを持って納税課に押し駆け、係員数人と悶着があった末、出刃で自分を切って、ガソリンを浴び、火を付けた。救急車で病院に運ばれたが、瀕死の状態と言う。

 

税務課員の対応はマニュアルに則った応対だったかも知れないが、彼には受け入れられなかった。酷税の結果、人ひとりを殺すことにならなければ良いのだが・・。何等かの工夫はできなかったのか・・。

 

昨夜は嵐を漸く乗り越え、今朝は平穏な1日がスタートした。又、平穏な日常が続くかと思っていたが、昼過ぎからマタマタ円が上がり出す。6時現在、対ドルで2円以上上がり、全通貨に及んでいる。資産512万、評価損375万、維持率65%。余力マイナス75万円。LCまでには残り30万程。リラ―330万、ペソー40万、ランド10万。

今晩はもうダメだ。諦めよう。なすままに、なせるがままに任せよう。パンクしても100万が残る。100万を元手に再スタートだ。日中、河野大臣が利上げを要求し、円高が急に進んだようだ。相変わらず、余計なことを言う男だ。総理になりたくても、なれない男の典型だ。

 

 

7.16(火・雨)もう持たない・・。

 

朝からの小雨。少し気温が下がって、昨日までの蒸し暑さから解放される。数日前からクーラー無しで2階で寝るようにしている。しかし昨夜は少し事情が違った。

 

東京は休みなのに、又夜9時過ぎからじわじわ円高が進行。ドル以外にも全通貨に波及。信用率は先週から既に100%を割っているが、70%台まで落ちて来る。50%になればドボンだ。休みの夜なのになんてこっちゃ。先週は資金つぎ込みで急場を凌いだが、もうそんな資金もない。残された手段は損切で、持ち分を減らすことだ。

 

ペソ、リラ、ランドを泣く泣く処分する。防戦一方で、処分を重ねても信用率は改善しない。結局戦いは2時過ぎまで続き、後は野となれ山となれだ。4時に見たらやや改善していた。朝までのドボンは回避できたか・・。6時、当面の攻防は終了した。

 

いよいよ始まった100条委員会。斎藤知事は「辞めない」と強がりを言ってはいるが、出るわ出るわの不都合事実。強気の知事さん、どこまで持つか、持ちこたえられるか・・、風前の灯火の一歩手前だ。そう長くはないだろう。

 

地元の勇者熱海富士。土俵上で大関貴景勝をなぎ倒す。ドスンと180度真っすぐ背中を下に仰向けに倒れる。まあ、大関とは言えない負け方だ。初日から3日目にしてもう持たない。明日負けたらそのまま休場の引退。明日勝っても、明後日同じことが起きたら、もう持たない。蝋燭の火はもう殆ど尽きた。

 

 

西国観音まほろば奈良の巡礼記(46)西大寺駅前で遅い昼食を食べ、近鉄奈良駅に出て行基菩薩に挨拶し、伊丹空港へ。

  • 西大寺駅前ビルの食堂で遅い昼食を食べる。

ビールでも飲みたいところだが、これから高速バスに乗るので、やめて置く。

 

西大寺からは近鉄に乗って奈良駅に出た。

 

夜は賑やかそうだ。

 

この西国観音霊場参り奈良編は去年の6月のことで、今から1年前のことだ。その1年前に安倍元総理はここ西大寺駅前で暗殺された。数日前、その現場では関係者が集まり、盛大な3回忌の供養が行われた。そうした矢先のつい昨日、米国で衝撃的な事件が発生した。ペンシルバニアで遊説中のトランプが二十歳の青年に銃撃され、すんでの処で暗殺されかかった。弾道が後1cm内側にづれていたら、彼は微塵もなく吹き飛ばされ、殺害されていた。親密な関係の二人の英雄。一人は手作りの粗末な摸造銃であっけなく殺害され、もう一人は1cmの違いで命を取り留めた。運としか言いようがない。運命、運勢の違い。安倍元総理の薄運とトランプ元大統領の強運の違い。

さてブログは再び1年前の西大寺に戻る。駅前の複合ビル地下1階には幾つかのレストランがあり、そこで遅い昼食を取る。朝ホテルで朝食を充分食べたが、唐招提寺及び西ノ京駅周辺には食事摂るような店は無かった。西大寺まで出てお昼にする積りでいたが、安倍暗殺現場に注意が向いて、お昼を食べるのも忘れてしまった。結局駅前広場には1年前を想起させるようなガードレールなど撤去されていて、全く違う情景が広がっていた。暗殺後即座に国葬を決め、更に直後に現場周辺を一変させた。岸田総理の意図はどこにあったのか分からない。

遅い昼食で店も休みを取りたいだろう。ゆっくり食事も出来ず、そそくさと店を出る。奈良から伊丹までは空港リムジーンで凡そ1時間だ。夕方までにはまだ十分時間はある。昼食後、取り敢えず近鉄で終点の奈良駅に出る。駅前に行基菩薩の像がある。行基さんは昔からこの場所に立っていた。奈良を代表するというか、日本仏教の先駆者だ。行基菩薩に挨拶し、一旦ホテルに戻りキャリーバッグをピックアップし、JR奈良駅から高速バスに乗って伊丹空港に向かった。途中、生駒の山中にある住宅地に一度停車し、生駒のトンネルを抜けて東大阪に出て、幾つか大阪市内の高速道のレーンを変更し、いつもの太陽の塔の前を通って、空港に到着した。今回も杖を点いての巡礼、無事に終えることができて良かった。神々に感謝する。 

                                 終

 駅前は以前よりは少し綺麗になった感じだ。

奈良町、元興寺に行くこのアーケードは昔からあった。

このアーケードをずっと歩いて元興寺まで行ったこともあった。

近鉄奈良駅前の行基菩薩に挨拶し、この町を後にした。





         

      

7.15(月・曇り)九死に一生を得た強運男。新暦お盆。FXの烈風。

 

 

昨日米国で衝撃的な事件があった。ペンシルバニア遊説中のトランプが二十歳の青年のライフルで銃撃され、弾は耳をかすめて飛んで行った。顔面とは僅かに数センチ。弾道が少しずれていたら、彼は即死だ。全く運が強い。強運だ。

 

40年程前、彼は不動産業で成功し、一時はNYの不動産王とまで言われた。しかしそれは長続きせず、その後の不況で破産状態になり、NYを逃げるようしてアトランティックシティに引っ越し、そこでカジノ経営で息を吹き返し、再び勢いに乗って巨万の富を得て、NYへ舞い戻って来た。

 

8年前の大統領選でそれまでの政治的キャリアは全く無かったにも拘わらず、大統領に選任され、人生の頂点を極めた。しかし4年前の大統領選では敗北し、並の人間ならそこで諦めて別の道を選ぶと思うが、彼は諦めずに再選を狙い続けて来た。相手が恒例バイデン、ほぼ手中に入れる矢先の事件だった。

 

歴史にもしもはない。彼は死なずに済んだ。この先バイデンが候補を下りないとすれば、彼の勝利は確実になるだろう。世界は再びトランプの悪夢に追い回されるか・・。

 

地方では旧暦8月のお盆を迎えるが、東京や一部の地方では新暦7月にお盆を迎える。今日は又海の日で休日だが、天気がもう一つ。3連休を利用して海や山に出かけた人はがっかりだ。

 

東証は休みだが、FXは朝から動いている。昼前から円高が進み、各国通貨に対し全般円高。マイナス圏に沈んでいる。又今晩も眠れない夜が続くか・・。罪作りな財務日銀だ。

 

 

 

 

西国観音まほろば奈良の巡礼記(45)近鉄西大寺駅前、安倍元総理暗殺現場。

  • 近鉄西大寺駅改札を出ると、大きなガラス窓の向こうに元総理暗殺の駅前ロータリーが見えて来る。

ロータリーは大きく改造されていて、1年前の面影はどこにもない。

 

近鉄西ノ京駅からは数駅先に西大寺駅がある。この駅前広場で安倍元総理が銃撃され、暗殺された場所だ。夕刻の飛行機にはまだ十分時間はある。ホテルに戻る途中、当然ながら途中下車しての現場百遍だ。稀代の英雄がどんな場所でどの様に暗殺されたのか。歴史の目撃証人になっておきたかった。

西大寺駅は幾つかの路線が交わっているのか、駅は大きく構内も賑やかだ。JR奈良駅よりもむしろこちらの方が賑わっている。奈良駅方面は観光客相手の寺社仏閣が多いのに比べ、西大寺は市民の街で、周辺の人口も増えているのだろう。人口動態も奈良駅周辺よりもこちらの西側、西大寺周辺に比重が大きくなっているのだろう。だから元総理が奈良の街頭演説の場所としてこの駅前を選んだのは納得できる。

改札の駅員に銃撃場所を聞いたら、直ぐにも教えてもらえた。その場所はまだ聖地とはなっていないだろうが、駅関係者には自明の場所だった。駅のエレベーターを下ってその場所に向かうが、大きなガラス窓を通して、既に現場の状況が見えて来る。一年前、テレビ映像で何回となく見た三角ガードレールはそこにはなく、随分綺麗な駅前ロータリーに変わっている。当時の生々しさは伝わらない。

駅ビルを出て現場に立つ。一年前と変わっているので、どこに向かって両手を手向けるかも分からない。どこかに生花でも置かれているかと探したがそれもない。彼の死は一年で既に風化したのか・・。このロータリーを一周ぐるりと回って見ても、彼の匂いすらも感じられない。この駅前広場を大々的に改造し、その忌まわしい事件を人々の記憶の中から消し去ろうとしているのか・・。

一代の英雄、この場所に死す。総理を退いた後も、最大派閥の長として政界に君臨し、彼の首が立てに振られなければ、何事も物事は前に進まない。顕然たる力の源泉は一〇〇人を越える派閥の長で居続けることであり、弱小の他派閥も否応なく安倍派にすり寄り、従わざるを得なかった。彼としたら、更に安倍派を強大化させる為に、総理を退いた後にも、選挙運動に邁進し、この場所に立ったのだろう。祖父岸信介のように、突然の総理辞任と共に御殿場に隠棲し、そこから隠然たる支配をするようなことはしなかった。山梨上九一色村の別荘も今となっては無用の長物になった。

一生の梟雄、この場所に死す。歴代最長の総理の座にあって、良きにつけ悪しきにつけ時代を変えて動かした。国家の幸いは彼には子供が無く、その家系が先々の国家の私物化に向かうことが無くなったことだ。彼の功罪は後世の歴史家が正当に評価するだろう。現総理には無理だろうが、後の総理がこの場所に立派な記念碑を建て、彼の突然の死、暗殺に斃れたことを顕彰するだろう。暫しこの広場に立ち、流れる車と人流を眺め、既に風化しつつある事件の背景と10年後を想像した。

 

駅ビルを出て、広場に立っても当時のガードレールはどこにもなく、どこが暗殺現場かは全く分からない。

 

正面が西大寺駅。通行人に暗殺場所を聞いても意味がない。

 

1年前の生々しい衝撃は全く改変された駅前広場からは殆ど受けることはなかった。