ちゃおチャオブログ

日々の連続

イベリア周遊の旅(58)コインブラ大学丘上からの下山。

裏出口近くに新カテドラルがある。今大勢並んでいる観光客は、次の時間帯の開場を待っている。
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キャンパス正面のラテン回廊。この左手に時計塔がある。
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本来の正門、「鉄の門・Porta Ferrea」。日本の城の大手門よりも重厚だ。
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この石像はデニス王かジョアン3世か、どちらか分からないが、14世紀初めの大学の創設者だ。
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キャンパスの正門前まで車で来ることもでき、駐車場も備わっている。
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これからコインブラ大学のキャンパスを散策するのだが、ここも又事前予約とか時間制になっている。バルセロナでのサクラダファミリア寺院は、ネットで事前予約しておかないと、教会の中には入れなかったが、ここの大聖堂は時間制で、1時間おきに入場人数を限っていて、聖堂入り口で並んでいた人は、次の入場を待っている観光客だ。自分もこの大聖堂に入るとすると、次の次の時間帯、12時半まで待たなければならない。今日はコインブラの大学キャンパスをざっと見て、その足でリスボンへ行く予定になっているから、そんなにのんびりできる時間的余裕はない。結局大聖堂に入ることは諦め、他の大学施設を見ることにした。

ここにはザビエルの最初の信者で、彼と行動を共にした鹿児島出身の日本人神父ベルナルドの墓標もある筈だが、彼はザビエルがマカオの上川島で没した後渡欧し、ローマ法王に拝謁した後、このコインブラに移って、戦国時代末期にこの地で亡くなった。大聖堂のどこかに彼の記念碑なり墓標があると思われるが、それも諦めよう。

キャンパスの中程には、大学図書館があり、内部の金泥の造作は精巧を極め、一見の価値はあるのだが、写真撮影が禁止されているので、中に入るのは止めた。入り口には日本語ガイドのマイクロフォンもあって、日本人の観光客も多く訪れてきているのだろう。ポルトガルツアーでは、リスボンポルトと並び、ここが観光スポットの一つとなっている。

解説によれば、キャンパス中庭に立っている2つの石像はこの大学の創始者、デイニス王とジョアン3世で、1308年、この場所に最初に大学が設置されたことを記念している。他にキャンパス内には、「カプラ(山羊)」と呼ばれる時計塔もあって、それは18世紀に建造されたとの事である。本来の正門は「鉄の門・Porta Ferrea」と呼ばれている重厚、重層な門で、それは日本のお城の大手門よりも立派な造りで、この大学全体がレコンキスタ時代の要塞機能を備えていたことを思わせた。今日自分は逆順で、裏門から大学構内に入ってきたが、今この正門を出て、下山の坂道を降りて行った。 



大学キャンパスを出て、丘を降りる。
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キャンパスの外には幾つかの学部が置かれている。
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均整の取れた静かな中庭だ。
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メインの大学道を下って行く。歩いている人が少ないのは、丘の上まで皆バスとか来るまでやってくるのか・・
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相変わらず狭い坂道が続く。壁のいたずら書きは、日本同様だ。
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