ちゃおチャオブログ

日々の連続

能登の春(23)国民宿舎・能登柳田荘に宿泊後、半島北部へ。

白米千枚田から少し走った先の名舟の集落から里山に入り、30分ほどドライブした里山国民宿舎やなぎだ荘がある。
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バストイレは共用だが、落ち着いた部屋だ。
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夕食は地元の能登牛の鍋物だ。
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翌朝は再び名倉まで戻り、半島を反時計回りにドライブする。
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午後のまだ早い時間帯だったが、高台にある道の駅から10分ほど千枚田を眺め、記念の写真を撮って、今晩の宿泊先、能登町柳田温泉にある国民宿舎に向かった。初めて行く場所で道路事情も分からず、宿舎を探すにしても日没前の明るいうちが無難だろう。千枚田から少し行った先に名舟という集落があり、ここも又キリコ祭りでは有名な集落ではあるが、今は過疎化も激しく、集落も疎らだが、その中ほどに柳田方面への右折の看板があり、海岸沿いの国道を離れて、里山に入る。

昨日、今日、能登半島に来て感じていることだが、本当になだらかな里山風景。中部、北関東で見るような1000mを越えるような高い山はなく、どれも数百m程度の里山が続き、平野とも言えない盆地が表れては、直ぐに去って、一山越えると又次の盆地が現れる。本当に数戸程度の家が肩を寄せ合うようにして盆地の隅のほうにあり、盆地の中心は細かく区切られて田んぼだ。今はまだ稲作の時期ではなく、去年刈り入れたままの状態になっているが、間もなくすると耕運機が入り、田んぼは耕され、苗が植えられるだろう。何百年となく毎年繰り返されてきた里山の風景だ。

県道沿いにも又、この土地に代々住み着いているような重厚が建物が突然目の前に飛び込んできたりして、戦前の日本の原風景を見るような思いである。ドライブが左右に流れるパノラマ動画を見ているような心地よい景色だ。交通量が少なく、対向の車両もめったにしかなく、よそ見運転しても事故の心配はそれ程ない。それに道路が程よく蛇行していて、片側1車線の道路ではスピードもそれ程出せない。こうした里山風景を楽しみながら30分ほどドライブすると、少し賑やかな集落に出てきて、そこが旧合併前の柳田町の中心部だ。県道に面した小学校、中学校の先の交差点を左折し、丘の上に登った所に、今晩の宿、国民宿舎能登やなぎだ荘がある。

今朝輪島の高速バス停で会った初老の人に聞くと、ここの温泉はなかなか良いそうだ。彼の話では和倉の温泉と同じくらいになめらかだと言っていた。だがこの広い駐車場には車が数台しか停車してなく、チェックインして早速温泉入ったが、客は誰もいない。部屋は一人客用で、別館の3階を案内されたが、途中の廊下は電気が消えていて、他にお客はいないようだ。後で夕食のときに分かったのだが、今晩の宿泊者は5人程度だ。全く淋しい限りである。ただ今はまだそんなことは知らず、50人以上は入れそうな広い浴場を独り占めにし、高台の窓から眼下に見える柳田の集落を眺め、旅愁に浸った。早い時間に温泉に入るのは良いことだと。

夕食は6時からなので、その時間に合わせて風呂から上がり、レストランの前のラウンジで缶ビールを飲みながらレストランが開くのを待ち、時間になって食事する。周りを見ても、自分を入れて3人程の個人客。302号室のルームキーを見せると、金蘭のプレートが立てたるテーブルに案内された。何年振りかの国民宿舎。こうして静かな腑に気の中で、旅愁を感ずるのも乙なものだ。さあ、翌日は半島の北部観光だ。



能登の海岸線はどこから見ても美しい。
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広い国道でも対向車は殆どなく、今日が日曜日とは信じられない。
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名倉のすぐ近くに平家の落人、時国家があるので寄ってみる。
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時国家は「平家にあらずんば人にあらず」と豪語した平の時忠が、源平合戦に敗れ、この地に配流となり、終生を過ごした館跡。但し今は閉館中で中には入れない。
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