ちゃおチャオブログ

日々の連続

イベリア周遊の旅(8)カタルーニャ広場からサグラダファミリアへ。

カタルーニャ広場。この街の中心で、ヘソのような場所だ。
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広場を歩いている大半の人は観光客だ。前方にはCity Tourの2階建てバスも見える。
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広場を取り巻く建物群は半世紀前と変わらない筈だが、さっぱり覚えていない。
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こうした噴水があったのは、朧気ながら記憶の底にある。
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昔はもっと大勢、人が広場に溢れていたように思ったが・・
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バルセロナの地下鉄網は東京並みに発達していて、電車の自動運転制御などは東京以上だ。東京は既に大正時代から地下鉄が出来ていて、歴史もかれこれ100年近くになるが、バルセロナの地下鉄は歴史も浅く、近年になってから建設されているので、こうした最先端の技術も導入可能だったのだろう。50年前、この街へ最初に来た時は、勿論地下鉄などはなかった。この街で記憶に残っている場所はほとんどない。カタルーニャ広場という名前だけ辛うじて憶えている位だ。大体、この街には1泊しかしておらず(だったと思う)、当時はそれ程魅力を感じていなかった。

それにして自由な国だ。地下鉄の中にまで大道芸人が乗り込んできて、即席の歌や音楽を演奏し、喜捨を求めている。経済低迷で、こうまでしないと日々の糧を得られないのか、或いは元々が楽天的な民族で、こうした即席演奏を自ら楽しんでいるのか、ちょっと見にはどちらとも判断できないが、身なりを見る限りは、貧しさはそれ程感じない。北欧の気候の厳しい国と違って、南方系民族は、少しくらいの経済困窮では、生存に影響を及ぼすような直接的な危機には直結しないのかも知れない。

カタルーニャ広場。このバルセロナカタルーニャ州の州都で、この州は首都のマドリッドを中心とするカスティーリャ地方から常に独立を画策していて、歴史的にも言語的にもカスティーリャとは別物だ、との意識が強く、その最大の都市、もしも独立できたなら、ここが首都になるべき、その中心広場をカタルーニャ広場と呼んでいるのは、この州民の誇りでもあり、シンボリックな事であるに違いない。今そのカタルーニャ広場にやってきた。

地下鉄駅を上がった地表が広場になっている。周辺を見渡しても、殆ど記憶がない。矢張り自分にとっては印象の少ない街だったのだ。多分この直前にマドリッドを訪問していたので、この街の印象は更に低く、マドリッドの亜流の都市にしか過ぎないように思えたのかも知れない。当時の自分にとっては、この街は単なる通過点に過ぎなかった。

かなりの人が広場を散策しているが、その大半は観光客のようだ。矢張り観光客としては、この街へ来た以上、時間があっても無くても、取り敢えずはこの広場だけは見ておこう、ということだろう。そうした観光客にサグラダファミリアの行き方を聞いても意味はない。広場にはインフォーメーションもあれば、巡回警察官も目に付く。インフォーメーションで大体の行き方を聞き、更に警察官に地下鉄乗り場の入り口を確認する。この広場には4ー5本の地下鉄が集中していて、地下鉄入り口も異なっていて、どこが至近か再確認する意味もあった。サグラダファミリアへは2号線、パープルラインとの事。さあ、先ずはそこへ行ってみよう。



地下鉄2号線のホームは広場から結構離れていて、長い地下道を歩いて向かう。しかし、動く歩道になっていて、歩行者には楽だ。
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サグラダファミリア駅のすぐ上が教会になっている。
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現在も建設進行中だ。
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ガウディがこの場所にこの教会を建て始めてから、もう既に100年以上が建っている。現在も進行中だ。後何年かかるか分からない・・
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ガウディ流のゴシック建築。正面のファサードはキリストの生誕から降臨が描かれているという。
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