ちゃおチャオブログ

日々の連続

モラエスの故地を訪ねて(116)深圳出境。

深圳駅前の光景もこれで見納めとなる。先刻乗車した市内循環バスの乗り場付近だ。
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駅前の高級ホテル「シャングリラ」。以前、111頁「深圳駅前風景」に写真の一部を乗せ、5星ホテルと紹介したらNavさんから、そんな高級ホテルはないだろう、と指摘され、当方が間違って「マリオット」と紹介したが、実際は「シャングリラ」ホテルである。
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半地下の通境コンコースに下り、一時預けのリュックを受け取る。
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通境警備に向かう警備員か税関員。ここは「羅湖」通関だ。
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香港境界まで長いコンコースが続く。
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約3時間ほどの深圳市内エクスカーションを終えて、深圳駅まで戻ってきた。一時預かり所に寄って、リュックを引き取り、半地下のコンコースを通関に向かう。コンコースの柱には、「六福珠寶」の看板が目に付く。香港資本の貴金属店で、マカオでは沢山目にした。元々はマカオが発祥かも知れない。中国南方語系の発音で、日本語と同じように「ロクフク」と発音される。「呉服」を「ゴフク」と発音するのと同じだ。こうした看板を見ると、南方カダイ語を研究する学者が日本にいても良さそうに思うが、余り聞かない。今は亡き大野晋先生が知っていたら、飛びついたかも知れないが・・。

このコンコースの先には通関がある。香港マカオが中国に返還されて早20年、もう国境は存在しないので、通関、税関と言う言葉はないかも知れない。単にチェックポイント、検査所と呼ばれているのかも知れない。現に香港に入った時も出た時もパスポートには入出国のスタンプは押されず、電磁的に記録されるだけで、パスポートは空欄のままだ。香港・マカオと中国本土との往来は、出入国ではなく出入境と呼ばれている。「国」、Country、ではなく、「境界」、Boundary、の出入りに過ぎないのだ。

99年経って中国は主権を取り戻した。今の中国のこの経済的繁栄が無ければなし得なかったことだ。戦後、鄧小平その他の有能な政治家によって推し進められた経済改革開放路線が実を結ばず、相も変わらず貧困にあえぐ貧しい国だったとしたら、英国もポルトガルも返還には応じなかったことだろう。その鄧小平が最初に手を付けたのが、ここ深圳自由経済区で、外資を呼び込み一大製造拠点、世界の工場とまで言われるほどに、急発展した。

嘗ては昔の京浜、阪神工業地帯以上に煤煙の充満する新興都市になったのだが、今は見違えるような近代都市に様変わりした。今日は見ることができなかったが、どこかのエリアには工場群もあるだろう。しかしそこは今は煙を吐き出さない、先端電子機器の工場群で、今や深圳は世界有数のIC産業の一大メッカになっている。変われば変わるものである。半世紀前はぺんぺん草しか生えていなかった土地が、京浜・阪神以上の大工業都市になり、今は先端技術を取り込んでの、世界のIC都市に変わりつつある。これもそれもここに住んでいる人、経営者、政治指導者等々の先見性の賜物か。

通関までの長いコンコースを歩き、色々なことを考え、思い出し、一休みしたくもなったが休む場所も見当たらない。コンコースに面してコンビニがあり、コーヒーでも飲もうと入ってみると、何と、日本のビールが置いてある。キリンの一番搾りだ。へー、珍しい。日本で買うのとそっくりのラベルじゃないか・・。飲んでみたらのど越しも同じだった。キリンさんひょっとして逆輸入?



コンコースの柱には「六福珠寶」(ロクフクチュホウ)の広告がずっと出ている。
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全く日本語と同じ読み方で感心する。
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コンコースには目立つようにこんなパーフォーマーもいる。
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喉が渇いた。何かコンビニで飲み物でも買おう。
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あれ! こんな所で、キリンの一番搾りが売っていた!
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