ちゃおチャオブログ

日々の連続

The Third Eye カトマンズへの道(28)第三の目に見送られ、山頂寺院を下山する。

ネパールの少女との一緒の写真を撮って、この寺院を下山することにした。
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改めて仏塔を眺める。巨大な仏塔だ。
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多分もう殆ど見ることも無いだろうカトマンズの街並みを焼き付ける。
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この寺院とも最後になるかも知れない。
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子供はどこの国でも可愛い。洋の東西、人種や貧富、貴賤を越えて人類の共通の財産、宝となっている。自分の孫と同じ位の年頃の可愛い子供とツーショットの写真を撮って、この山上の寺院、スワヤンブナートを下りることにした。下りる前にもう一度仏塔を一周し、心に刻み、又眼下の街並みを眺め、瞼に焼き付ける。エベレストの雄姿を拝むことは出来なかったが、間近にこの寺院を拝むことができたのは、遥々この国にまでやって来た価値はあった。

第三の目、The Third Eye。最初見た時はゾクっとしたが、最後に又改めて眺めると、無言の眼差しは自分の卑小さを射抜いているようだった。神仏の前では嘘はつけない。眼下の街並みと遠方のヒマラヤに連なる峰々を眺め、気分を転換しよう。次に来るのはいつになるか・・。又もう一度来ることがあれば、それは何年後になるのかは分からないが、この街も大きく変わっているだろう。少なくとも今よりは高層ビルの数は増えているだろう。人の営み、下流から上流に、後進から中進へ、よりよいベターライフを求め、この国も日進月歩の歩みを続けていくだろう。少なくとも今の半舗装の道路で、車が通るたびに巻き上がる粉塵、砂埃は次第に整備され、次に来る時はもう粉塵マスクは必要なくなるだろう。

先刻苦労し、何回も休んで登って来た参道の石段を下り下りる。所々屋台が出ていて、宗教関連の土産物、捧げ物などを売っている。何かケバケバしいものが目に付き、余り関心が持てない。本当は深い歴史的な背景もあるのだろうが、自分の目には何かヒンドゥーの影響を受けた表面的な華美さが強すぎる。自分にはそれ等が仏教的な関連品とは映らなかった。

途中にトイレがあり、寄る。昨日峠の村ナガルコットで食べたモモに当たったのか、何に当ったのかよくは分からないが、今朝から下痢気味で、お腹の調子が悪い。あちこち各地を旅行しているが、お腹がこんな下痢状態になるのは珍しい。自分ももう若くはない。目に見えない身体の内部で老齢化が徐々に進んでいるのだろう。下痢だからガンではないと思うのだが、沈黙の臓器、見えない所で何が進行しているのかは分からに。自分は第三の目を持っていないのだから、見通すことも出来ない。そんなこんな考えながら、参道を下り下りた。



改めて第三の目に射竦くまれる。
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うーん、・・嘘は言えない・・
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参道の途中から山頂の仏塔を眺める。もうこんなに小さくなっている。
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漸く参道入り口に戻って来た。さてこれからどこに向かおうか・・。
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