気比神宮正門前までやってきたが、見覚えのない鳥居だ。

何か初めてやって来たような感覚だ。

ああ、ここのちゃんとした表記は氣比神宮というのだ。旧字体を使っている。

本殿の手前の清水を飲む。長命水。長生きを願う。

駅前通りの交差点にあるデパート平和堂の1階は丁度土産コーナーの広い売り場があり、地元の羽二重餅のお菓子とか海産乾物類を見繕って、パックにし、宅配で送る。これで取り敢えずは旅行の義務は果たせた。さて、これから目的の気比神宮に向かう。駅前通りと交差する大通りを200m程歩いた先が神宮だ。過去1度来ているが、その時は車だったので、正面の大鳥居から入るのは初めてだ。見覚えが無いと言うか、初めて見る光景だ。
今まで見て来た神宮に比べ、かなり小ぶりな感じの杜だが、地方ゆえ、この程度の広さは止むを得ないか。しかし分からないのは、全国数少ない神宮の中で、どうしてここが神宮に定められたのか。何か、神武以来の天皇との強い繋がりがあるのだろうか・・。以前参詣した時は都怒賀新人、継体天皇との関係性で神宮に制定されたのかも思っていたが、どうもそうでないようだ。
ここへ来て初めて知ったが、この社の正式名は氣比神宮と、古い漢字の氣を使って、今までこのブログで使って来た気比神宮は正しい表記ではない。大きな朱塗りの鳥居に一礼して、境内に足を入れる。街の中にあって、季節のせいか、森の中に入っても、ひんやりとした感じはしない。それよりか、近い場所にあるのか、参詣者の数も他の大社、神宮と同じように、何人かの参詣者もいる。多分、地元や近在の人に親しまれているのだろう。
さて、ここは清水で有名な神社。鳥居を入った先、本殿の手前に清水の湧き出る泉があって、小さな池もある。長命水だ。一口口に含み、長命を願い、手口を漱ぎ、お参りする。先に参拝している夫婦連れが終わるのを待って、お参りする。本殿が建て替えられたのかどうかは知らないが、ここまで来てもまだ記憶は戻らない。自分の記憶力など、いい加減なものだ。
奈良、平安の時代から新鮮な水が湧いていた。

本殿も案外こじんまりとしている。

神宮と言うか、大社のような感じだ。

二人のお参りが終わるのを待って、参拝する。
