
河野さんは50を過ぎてから登山に目覚め、ヒマラヤ8000m級の山々を次々に制覇していた。エベレストも単独登頂したと思う。家庭の主婦であり、看護師であり二児の母親。見事にこなし、自身の趣味にも生きた。普通の人のまねのできない見事な生き方だ。
今回残念ながら帰らぬ人となった。76歳。自分と同じ年齢だ。だがやっていたことは遥かに高見の世界に生きていた。ご冥福を祈る。
吉田福島原発所長。自分の命も顧みず、原発の暴発を食い止めた働きは他に例えようもない。死と隣り合わせの中で最高の働きをした。戦中の特攻隊員の崇高な魂を見る思いがした。食道がん亡くなったが、58歳、余りに若い。日本の破滅を救ってくれた男として、永世に称えられるだろう。どうぞゆっくりお休み下さい。
夕方新宿。大木事務所。暑い。路上を歩くのも暑い。キリンシテイで生を煽り、帰る。
