ちゃおチャオブログ

日々の連続

補陀落渡海への旅(119)紹興駅へ。

越王䑓を出ると、門前町のような古い街並みになっていた。
イメージ 1
 
 
果物屋ではヤマモモが沢山売られているが、中国のは大きいだけで余り美味しくない。
イメージ 2
 
 
紹興は海に近い街で、中国では珍しく鮮魚なども売られている。
イメージ 3
 
 
あれ、サクラマークの行商販売車も走っている。「櫻花」と書いて、「SAKURA」と読ませている。日本びいきなのかなあ・・それとも、日本のパクリか??
イメージ 4
 
 
さて、越王䑓からはホテル経由で紹興駅に向かう。あれ、美人のドライバーだ。
イメージ 5
 
 
 
 
ただぶらぶらと府山を下りてきて、人家の通りに出たと思ったら、その前方に越王䑓があり、入庭可か不可かも分からず入り込み、越王殿にて越王勾践と宰相范蠡(はんれい)の二人の肖像画を見、長い間の芭蕉の句、「合歓と西施」の結びつき、その関係が分からず、単に合歓の花の美しさを三大美人の西施に喩えただけだろう、と単純に考えていたが、実はその背景にこの街の花「緋合歓」と、范蠡により呉王夫差の元に人質として送られた西施の結びつきを想い、長い間の疑問が解けたような気がした。

先年象潟の干満寺を訪問したのは暑い夏の盛りで、境内には既に花の終わった大きな合歓の木があって、勿論芭蕉が訪れた300年前の合歓からは代代わりしているであろうが、丁度その合歓が梅雨空に満開の頃この句を作句したのか、と想像したのだが、もし満開の時に訪問したなら、その合歓は緋合歓に違いないと思った。「入唐行記」の中に、円仁は天台山のこと、天台山から当時とすれば二日三日の行程にあるこの町のこと、又その先の寧波のことども、どの様に記されているのか、時間を作って、是非読み進めたいものである。

午後の列車の時刻にはまだ早いが、この町で見るべきものはもう見た。ホテルのチェックアウトは12時で、時間はまだ早いが駅に行っておこう。知らない土地でのこと、どんな不測のことが待ち構えているか分からない。越王䑓を出ると、前の通りは古い街並みで、恰もそこは数百年も前からここにこうしてあったかのような門前町の通りの感じだ。と言っても土産物屋などではなく、普通の生活用品、食品などを売っている商店街だが・・。

通りを出た所でタクシーを拾い、一旦ホテル「蕺山賓館」まで行ってもらってチェックアウトし、そのまま紹興駅まで運んで貰う。昨日の朝天台山からバスで下ってきて到着した駅だ。昨日はバスを降りた途端タクシーの客引きに攻められ、美人の女性ドライバーを指名して、ホテルに案内してもらい、その足で魯迅生家等市内観光もしてもらい、且つ、昼食も一緒にした慌ただしい半日だったが、今日はゆっくりと時間がある。

タクシーを降り、駅舎を改めて見ると、立派なものだ、数年前より中国は全国に新幹線網を張り巡らしているが、そうした新幹線網延伸と共に、こうした地方駅舎も一新されているのだろう。日本のJRでデザイン、機能ともに優れているのはもう20年以上も前に改築された京都駅と思うが、この紹興駅ビルはその京都駅にも匹敵するような優れた外観美を持っていた。中国鉄道省の実力には脱帽せざるを得ない。
 
 
 
 
蕺山賓館の内部の写真を撮ってなかったが、これはフロントの辺りだ。
イメージ 6
 
 
フロントの前には何か珍しい貴石のような置物が飾られていた。由緒ある石なのか・・
イメージ 7
 
 
紹興駅に到着した。昨日はこの駅舎の裏にバスが到着し、すぐさま自転車タクシーに乗って市内観光したが、駅ビルは今初めて正面から見る。
イメージ 8
 
 
うーん中々凝った建物だ。
イメージ 9
 
 
中国はみるみる発達し、あっという間に日本を抜き去って行く。
イメージ 10