ちゃおチャオブログ

日々の連続

ボロブドールへの3日間(9)ジョグジャカルタ市内を通り抜けて、バイクの洪水。

ジョグジャカルタ空港から市内までは、最近出来たらしい真っ直ぐの道路が走っている。
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それ程大きな街ではないが、感じの良さそうな街だ。
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大きな交差点で信号待ちする。この辺りがジョグの中心のようだ。
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ああ、バイクの数が多い。前も後ろも横も斜めも、バイクだらけだ。
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しかし、皆キチンとヘルメットをかぶり、交通マナーは良いようだ。
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あ、信号が変わり、バイクがこちらに向かって一斉に走って来る。凄い爆音とエネルギーだ。
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ボロブドールは空港からはジョグジャカルタ市内を横断して、西側に約30キロ程離れた場所にある。従って、これからジョグ市内を突っ切る訳だが、古都の町がどんなものかも興味があった。古都というのは、これから向かうボロブドール遺跡を造ったヒンドウ・マタラムという王国が、8世紀以降数百年間に亘り、ここをマタラム王国の王都としていたからであった。ジョグジャカルタとは何時頃から呼ばれるようになったのかは知らないが、インドネシア人はこの長ったらしい地名を縮めて「ジョグ」又は「ジョグ・ジャ」と呼んでいる。従って、当方もそれを真似て、これからは「ジョグ」と呼ぶことにした。

空港から市内までの道路は4車線の快適な道路で、日本の地方空港から市内までの取り付け道路に似ていた。この感じは日本かどこか先進国の援助で出来たとも思われるが、現在のインドネシアはOPEC産油国の有力な一国。自国の経済力で建設されたのかも知れない。10分も走らず市内に入る。市内は、東南アジアのどこにでもあるような地方都市の顔立ちで、べったりした感じだ。全体に1階2階建ての建物が主で、高いビルは殆ど見られない。道路だけは広いので、モータリゼーションに先立ち、古い家屋を立ち退かせ広げたのかも知れないし、或はもっと古く、オランダ統治時代の都市計画の名残であるかも知れない。

信号待ちで大きな交差点手前で停車する。この辺りがジョグの中心部のようだ。4差路ではなく5差路になっている。それぞれの停止線で停止しているバイクの数! 二重、三重、五重に並んで信号の変わるのを待っている。青と同時に、ブアーっという轟音と共にバイクが走り出し、四方八方の道路に向けて走り去って行く。このエネルギー。3年前、ベトナムサイゴンで感じた若さのエネルギーだ。40-50年前の日本の高度成長期にも見られなかった、エネルギーだ。ベトナム人は逞しく、インドネシア人は温厚だ、という定説はウソだ。若者にとっては、ベトナム人インドネシア人もない。有るのは、前に向かって走ってくエネルギーの塊だけだ。何かに向かって爆発していくエネルギー。

甚だしい数のバイクが交差点を横切り、対抗し、走り去って行くのを見届け、当方の信号も変わったので、この大きな交差点を通り過ぎ、次第に町の郊外のような街並みを走り、続いて又別の集落が現れ、家並がどこまでも途切れることなく続く国道を暫らく走ると、漸くボロブドールのある集落に入って来た。
 
 
 
 
交差点を通り抜け、ジョグの郊外に出る。
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前方に街の境界を示すゲートが立っている。ジョグはここまでか・・。
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街の郊外に出ると墓地が見えて来た。
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この国にも華僑が数多く住んでいる。ジョグのような地方にも進出してきているのか・・
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あ、隣の町にやってきた。マーケットのようだ。
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走っている車は大体が日本車。これはヨシ!
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