ちゃおチャオブログ

日々の連続

最悪のインド旅行記(58)旅の終わり。

シーク教徒は金持ちの商人が多く、寺院内も豪華だ。
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寺院内の大広間に向かう信者。
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大広間では中央の祭壇に向かって大勢の信徒が何かの祈りを捧げている。
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祭壇の中央には棺に入れられた聖者が収められている。
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シーク教総本山の外観。
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インド国立博物館の案内パンフ。
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日本語オーデオサービスもあって、収蔵品は豊富だ。
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オールドデリーの「Red Fort」の前のにぎやかな通りを歩き、ジャイナ教シーク教、2大宗教の総本山を参詣し、その後、インド国立博物館に入館し、日本語のオーデオサービスで館内を回り、西洋とも東洋とも異なるインド独特の文化、芸術、歴史に触れ、夕方はホテル近くの賑やかな通りの中ほどにある商売熱心なインド商人のお茶屋に寄って、色々な種類のインドテイーを土産に買い、通りの先の駅前の食堂で夕食を食べ、いつ又停電が起こってもよいようにホテルに早めに帰り、寝ることにした。

2年半前の10月4日に成田を出発し、11日間インドを旅游し、旅の初日には早くもカメラ2台の盗難に遭い、偶々持参した携帯カメラでその後の旅行先を撮影し、今日は再び空港アクセス電車に乗ってデリー空港まで出て、JAL機の帰国の途に付いた。帰国後、カメラで撮影されたちゃんとした写真が無いので、今回の旅行記は作成せずにほったらかしにして置いたが、この最近の円安傾向で海外旅行の回数も減って、旅行記を記録すべき旅行自体も減ってしまって、いよいよ旅行の種も尽きてきて、この古い、2年半前の旅行を引っ張り出し、携帯カメラの写真を取り出して、それ等写真をつなぎ合わせる形で、漸く旅行記を完成させることができた。思えば今から7年前のカンボジア旅行に際しても、カメラ盗難に遭って、その時は「写真のないブログ・悲しみのカンボジア」(
http://blogs.yahoo.co.jp/ciaocommodore/folder/1505494.html)として、合計23回の旅行記を作成したが、その時の苦労を思い出しつつ、今回のインド旅行記を完成させた。

インド国立博物館でも思ったが、又、それ以前のベナレス、ブッダガヤでも思ったが、インドは広く奥深い。国が広いだけに各地方にはそれぞれの地方文化が育まれ、人種、宗教、文化が混然とし、その魅力も多様で、中国と似た面があって、2度3度ならず再訪したい国ではあるが、中国と違ってインドは距離も時間も費用も中国の倍以上はかかり、そう頻繁に行ける国でもない。が、カメラが無く、携帯電話での不十分な写真では、インドの魅力は到底伝えきれない。カンボジア同様、写真を撮る為だけの目的でも再訪すべき国だ。

デリーからの8時間の飛行を終え、漸く日本の空にやってきた。眼下に房総、九十九里の海岸線が弧を描いて見えてきた。着陸モードに入るという機内アナウンスも聞こえてきた。もう間もなく着陸だ。

この旅行記をスタートするに当たって、最初のカメラ盗難のショックが余りにも大きく、又、大風呂敷のインド商人に辟易とし、題名を「最悪のインド旅行記」としたが、考えてみればその後のベナレス、ブッダガヤ等での地方の人々の純朴さにも触れることができ、後からこの「最悪」の題名はまずいものと自覚もしたが、後になってから題名の変更もままならず、最後まで「最悪」で押し通したが、今この旅行記を終了するに当たって、それはやはり相応しくない題名と思った。何故なら、「最悪」なら2度と訪問する気にはならない筈だからである。インドの混沌はインドの魅力でもある。台湾飛行機事故で亡くなった向田邦子の「阿修羅のごとし」を今思い出す。
                                                                                                                                                                             完


カメラが無く、写真撮影出来なかったのが残念だったが・・・
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インドテイー土産店の店主、商売熱心で、沢山買わされた。
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いよいよインドを後にする。
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JAL機内食
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8時間強の飛行の後、房総の海岸線が見えてきた。
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旅の思い出。ベラナシとブッダガヤの絵葉書。
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ベラナシの死体焼き場、ガートとお釈迦様が悟りを啓いた菩提樹の木。
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