ちゃおチャオブログ

日々の連続

奄美の3日間(8)れんと工場に立ち寄り、瀬戸田町へ。

タイヤを交換してもらった国場修理工場の直ぐ近くに「れんと」の焼酎工場があった。
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奄美大島開運酒造。「開運」が気に入った。
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大きな駐車場の正面、工場の手前には立派な展示場が作られていた。
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れんと以外にも、様々な種類のボトルが販売されている。
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特に目を引いたのは西郷の現地妻、愛加奈だ。
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1時間に数台した通らない長閑な南の島。その更に最南端の宇検村の海沿いの道路。もうこうなったらまな板の鯉。いつやっていつ来るのか分からない救援車を待つしかなかったのだが、案外予想以上に早くやって来てくれたので、ほっとした。これはこれで又良い思い出に残るだろう。来てくれたのは、この現場から少し先にある宇検の本村、即ち村役場とか小中学校のある集落内にある修理工場からで、レッカー車のパネル板を見ると、国場自動車と書かれていた。今は車社会、集落には歯医者や診療所は無くても、ホームドクターならぬ車のドクターはどんな小さな村落にもあるのだろう。

レッカー車の後に従って村役場の近くの修理工場まで付いて行き、パンクしたタイヤのゴムを交換するのに10分程度。あっという間に元の状態に戻ったが、軽と言うこともあり、その交換費用は8000円程度。1万円でお釣りが出たのは助かった。国場という気になる名前で、沖縄には国場組とか国場川自民党の大物代議士等がいるが、その関連を聞いてみたが、沖縄の国場姓とは全く関係ないとのこと。ここ奄美では「コクバ」ではなく「クニバ」と呼ぶそうである。そう言えば、昨日名瀬のアーケード街で新垣不動産とか新垣薬局の看板を見たが、それも又沖縄の新垣(アラガキ・シンガキ)とは異なるようである。

昨日ホテルのレストランで黒糖焼酎「れんと」を飲み、ウエートレスに聞いたところ、島の南部の宇検村にあるとのことだった。国場さんに所在地を聞いた処、この工場から直ぐの場所にあるとのこと。瀬戸田へ行く途中だから、立ち寄ってみることにした。工場は海に近い平地の中のサトウキビ畑の中の広大な敷地の中にあり、大きな駐車場の横には立派な商品展示場が造られていた。オフシーズンなのか、来訪者は自分以外に誰も居なかったが、大型バスが何台も駐車できるような広いスペースで、シーズン中には沢山の見学者がワインならぬ焼酎工場へ押しかけるのだろう。駐車場の正面には「奄美大島開運酒造」の大きな石碑が建っている。

一人で展示品を眺めていたら、奥の事務室から中年の事務員が出てきて、申し訳なさそうに、午後だったら工場見学できるんですが・・、と言って又奥の事務室へ戻って行った。綺麗な展示室で、これ程多くの銘柄があるのかと思える程、様々なボトルが展示されている。中でも40年貯蔵の限定品「紅さんご」が特急級の値段が表示されていたが、むしろそれよりも可愛らしい感じの小さなボトル「愛加奈」が目を引いた。「愛加奈」。西郷が薩摩に戻った後、愛加奈はこの島で、どんな風にその後の人生を生きたのか・・。

瀬戸田町へ向かう道路は再び山中に入り、その途中に赤土山展望台があり、奄美の深い森を眺めることができた。正面に湯湾岳、奄美で一番高い山、694mが見える。じつにこれは東京の高尾山、599mよりも100mも高いのだ。奄美は実に山に覆われた島、森林の島なのだ。展望台で一休みし、坂を下り、昼過ぎ、漸く今日の目的地、瀬戸田の港に到着した。



島の南端、瀬戸田町へは再び山中の道路を走って行く。山中に赤土山展望台があった。
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正面に奄美で一番高い山、湯湾岳694mが見える。
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山中を通り抜けると瀬戸田の街へ出て、港に向かう。
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ああ、向かいの加計呂麻に向かう連絡船が泊っている。
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大島水道の向こうに加計呂麻の島影が見える。・・ようやくここまでやってきた。
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