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日々の連続

江南10都市巡りの旅(9)蘇州「獅子林」へ。

虎丘周辺は蘇州でも最も早くから町が開けた場所であり、今歩いているこの運河も三国時代からここにこうしてあるのかも知れない。
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古い街並みを一巡し、元にバス駐車場所まで戻った辺りには、結婚斡旋所が集中していた。
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結婚式の貸衣装の店も並んでいた。
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虎丘公園の前、バス駐車場所の前に飾られた特大の鼎(かなえ)。勿論これは現代に作られたものだが。
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次に訪問したのが獅子林
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蘇州は古い街である。三国志の時代からこの街は呉国の王都であり、発展してきた。広大な平野の中に運河が縦横に張り巡らされ、穀物生産量も高く、人口も多かったであろう。呉越同舟、呉王孫権と越王勾践の戦いは多くの日本人にとっても馴染み深いものであり、臥薪嘗胆など、昔からある日本語と思っている日本人も多い。2-3世紀頃のことだから、今から1800年も前のこの地での話である。

「故蘇城外の鐘の音」。昔から日本人に膾炙されてきた風楓夜泊に惹かれ、過去この地を訪れた日本人も多かったろう。「故蘇」は蘇州の古くから別名であり、この町の郊外に故蘇山という名前の山もあったらしい。しかし辺り一面は見張る限りの平地で、そんな山などどこにも見当たらない。丘らしい高見と言えば、先刻見て来た虎丘の盛り上がり位だが、「故蘇城」という位だから、案外この孫権を祀る虎の丘が「故蘇山」だったのかも知れない。

虎丘を正面から眺め、古い街並みを少し歩き、又、元の場所に戻り、蘇州市内をバスで走り、獅子林に来た。蘇州は水の都。幾つもの署名な庭園があり、中でこの獅子林は最も有名で、前回の旅行の際は立ち寄らなかった。前回は三大庭園の内の留園、拙政園の二か所を回ったが、どれも似たような庭園で違いは良く分からなかった。

もう15年前の記憶は太湖石の庭と、幾つもの池位しか覚えていないが、この獅子林も似たようなものだろう。商売で儲け、或いは北京で立身出世した人の余生の最後の大仕事として、この地に豪壮な庭園を作ることにあった。この獅子林もそんな名園の一つだった。
 
 
 
 
 
ここにはほんの僅かだが外人客の姿も見えた。嬉しくなった。 
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 巨万の富を作り、贅を尽くした庭園をこれから一巡する。
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この書画骨董一つとっても、数億円の値段が付けられるかも知れない。
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さて、いよいよこれから太湖石のオンパレードが始まる。 http://static.app.widdit.com/images/features/searchwiddit.png
 
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蘇州4大名園の中でも、ここ獅子林は、太湖石を数多く集めた庭園で有名だ。
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