ちゃおチャオブログ

日々の連続

ビルマ・マンダレー特急旅行(54)ザカインのお寺。「寝釈迦佛」。

マンダレー市内に戻る途中ドライバーが案内してくれたのは、まだ出来て間もないような感じのお寺だった。
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境内で遊ぶ子供達。
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この仏像は建物がまだ未完成で、天日に晒されている。
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近くで見ると神々しい顔立ちだ。
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この佛は蓋いの屋根だけは出来上がっている。
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お寺の内部は静寂そのものだ。
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大事な佛は持ち出されないように柵がしてある。
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アマラプラがミャンマーの旧王都と言っても僅かな期間で、それを偲ぶものといったら、エーヤワデー河畔に架かる長大橋位なもので、それを見終わった後はマンダレー市内に戻ることにした。今晩のヤンゴン行バスの時間も気になるところだ。

ドライバーのMynt氏は、夕方までにはまだ時間がある言って、市内に戻る途中でお寺に2カ所寄ってくれる。内1カ所は現在建設整備中のお寺だったが、必見の価値ありとして、案内してくれた。境内はそれ程広いものではなく、現在整地やら、仏殿の整備中であり、大きな仏像が一つ、屋根を被せていないままで天日に晒されていた。先に建物を作ると大きな仏像が建物内に入らなくなるので、建物が出来るまで仏像がこうして雨ざらしになるのは致し方ないのかも知れない。

今まで回ってきた幾つかの寺院と違ってここでは参詣者の姿は全く見かけなかったが、内陣に入るとそこには熱心にお参りしている人の姿もあった。静かに黙とうを捧げているので、外の境内で遊ぶ子供達の掛け声が、この建物の中にまで響いてくる。田舎の大きなお寺に来た感じだ。

境内を回ると寝釈迦を安置する仏殿もある。かなり大きな寝釈迦だ。「プラ・ノーン」(พระนอน)、日本では余り見かけない仏道の寝姿だが、東南アジアの上座部ではこの姿型が好まれている。解脱の究極の姿、悩み無き、心の平安がそこにあるのかも知れない。仏教の目指すものは滅びではなく心の平安だ。心安らかな究極の姿が安心、安眠なのかも知れない。何とはなく両手を合わせ車に戻った。
 
 
 
 
しかし果てしない仏像の数だ。
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中には貴重な仏像も安置されているに違いない。
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本物のお坊さんかと思ってぎょっとしたが、近づいてみると蝋人形だった。
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あれ、誰もいないかと思った寺院内に人の姿が・・。
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ああ、静かにお祈りを捧げている人がいる。
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ああ、このお寺には寝釈迦佛も安置されている。
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これが悩みの無い究極の姿なのか・・。
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