新熊野神社を出て、泉湧寺に向かって歩いて行くと、前方に神輿の渡御が行われていた。
ああ、古都の神輿。珍しい!
法被の背中を見ると、瀧尾社の氏子のようだ。
凡そ200-300人、泉湧寺へ向かって進んでいく。前方に寺の山門が見える。
新熊野神社にお参りし、更に泉湧寺に向かって通りを歩いて行くと、前方が賑やかだ。かなりの人も通りに出ている。太鼓の音なども聞こえてきて、その輪の中に入って行くと、珍しい! 神輿の引き回しだ。京都の神輿! 古都には珍しい。京都の寺社仏閣と言っても、大半の名所旧跡は古くからあるお寺で、主要な仏教本山、本部は京都に集中している。神社と言ったら上下加茂神社、松尾大社、平安神宮など、数える程しかない。しかしここ京都は1200年を越える歴史ある古都。神道、神社が庶民の生活の中に根付いていても不思議はない。
交通を遮断し、2基の神輿が道路を練り歩いている。お揃いの法被を着た男女の氏子、数百人が一年に一度の秋の大祭に躍動している。このお祭りが何時頃から始まったのかは知らないが、歴史の古い町だ、平安、室町の昔から続いているのかも知れない。法被の背中には見たことの無い絵模様が染め込められていて、中には瀧尾社と書かれた法被を着ている氏子もいる。瀧尾社? 聞いたことの無い神社だが、京都のことだ。いずれ長い歴史と由緒もあるのだろう。
神輿は泉湧寺の方向に向かって練り進んでいく。近所の子供などもお稚児さんになって練り歩く。鉦や太鼓、囃子の音曲もどこか古風だ。地域の住民に守られ、受け継がれてきたのだ。少し緩やかな上り坂だったが、この神輿の後をついて行くようにして、自然に泉湧寺の西門に着いた。神輿もそのまま境内に入って行く。明治までの神仏混交。神社の神輿のお休み所は天皇家の御霊を祀るお寺だったのだ。全く理に適っている。
この連は別のグループか・・。
神主さんも馬に乗って進んでいく。
周辺の住民も一緒になって祭りを楽しんでいる。
ああ、御寺泉湧寺の西山門だ。