亀岡駅から30分程で穴太寺駐車場に着く。帰りのバスが心配だ。時刻表を撮っておく。

バス停から150m先に穴太寺山門が見える。この辺りはかなりの人口が密集している。

古めかしい山門だ。

山門は仁王門になっている。朱色が剥げ落ちた阿像。

まだ午前中だから良いが、日中の時間帯は2時間に1本程度しか運行されていない穴太寺行のバス。亀岡駅前で40分程の時間を費やし、漸く乗ることができた。駅前を出たバスは、少し賑やかな街並みを通り抜け、直ぐにも田園地帯を走って行く。亀岡盆地と言われる位に周辺を小高い山に囲まれた稲作地帯が広がっている。街中の切れる辺りに京都農協の本部と農業研究所の建物もあり、ああ、京都の農業は京都市内ではなく、この辺りが中心かと思わせた。
田園の中にポツンポツンと集落があり、バス停もあってバスは当然ながらそこにストップするが、乗降客は誰もいない。途中の田園の中に似つかわしくない近代的な施設があり、そこはスポーツセンターになっていた。今日は土日でもなく競技はないのか、施設全体に人気はなかった。乗車して20~30分程か、穴太寺バス停に着いた。ここはお寺への駐車場も兼ねていて、数台の乗用車も駐車していた。4-5人の乗客は全員ここで下り、空になったバスはそのまま次のバス停に向け、走り去って行った。
バス停から150mほど先に穴太寺の山門が見える。このお寺の周辺は今までの村落と違って人家も密集している。バス停の近くには数軒の雑貨屋も見える。亀岡に合併される以前の村落の中心地だったに違いない。田園の中にあるお寺、それを取り囲むようにして集落が作られている。江戸時代か、それ以前から続く寺と村落の結びつきだ。
西国観音霊場第二十一番札所穴太寺。この村落の住人が遠い昔琵琶湖の北の穴太から移り住んできた人々の末裔かどうかは知らない。石工で有名な穴太衆ではあるが、村落を見た処、そんな石屋の看板はどこにも見えなかった。しかし同じ文字を使用している。穴太衆との繋がりはどこかにあるだろう。
古めかしい木造の山門は、この集落の中心のようにも見えた。両脇に仁王像が睨みを利かせ、邪気を払っている。一礼し、境内に入る。今日最初で、今回巡礼行の最終日の巡礼だ。それ程広くはない境内だが、よく整っている。正面の本堂に向かって歩を進めた。
こちらは口を閉じた吽像だ。

山門で一礼し、正面の本堂に向かう。

二十一番札所穴太寺本堂。

観世音菩薩(聖観音)がご本尊だ。
