ちゃおチャオブログ

日々の連続

播磨の国の巡礼記(2)翼の下の白銀の富士。

横浜港、大黒ふ頭の連絡橋も良く見える。奥に横浜市街地も見えている。コロナ禍でクルーズ船プリンセス号がこの埠頭に係留されたのは、もう何年前か・・。

 

追浜工業地帯の上空だ。横浜港みらいの高層ビル街も良く見える。中心はランドタワーだ。

 

機は三浦半島を横断し、相模の平野部を走る。大きな川は相模川だろう。

 

箱根の山塊が見えて来た。

 

 

好天に恵まれ、窓の外の景色は地上の細部までも良く見える。羽田を飛び立った直後の海ほたる、引き続き、川崎臨港工業地帯の上空を飛び、京浜海岸線に沿って南下する。大黒埠頭を結ぶ大きな連絡橋が見えたら、次は横浜だ。横浜港の外延部、追浜の工業地帯の上を飛び、横浜市街地が一望のもとに見渡せる。

 

30年程前、ここには横浜ランドマークタワーの大きなビルしかなかったが、その後、港みらいと銘打って、ホテルや観覧車、超高層ビルが次々建設され、今やこの一角はスカイスクレイパーの塊になっている。3年ごとに、ここのホテルでアフリカ会議が行われ、国連事務総長を始め、TICAD,アフリカ各国の首脳が一堂に会するが、それはランドタワーのホテルが出来た直後の30数年前から、ここで行われる習わしになっている。自分が年に数回募金している国連難民飢饉の日本支部もこの一角にある。

 

眼下は日産追浜工場のあるオッパマ地区だ。蒲田、川崎から始まる京浜臨海工業地帯はここで終わりとなる。機は三浦半島を横断して相模の陸上に移動し、大きな川、多分相模川だと思うが、その相模平野をゆっくり流れる大河を越えると直ぐにも箱根の山に差し掛かり、その山塊を越えた先に富士の霊峰が見えて来た。

 

何時だったか、数年前、知人の稲さんと沖縄旅行した時、その時乗ったのはLCC機だったが、富士の本当に真上を飛行し、山頂のお釜が丸見えだった。今日の飛行ルートはその時のような真上ではなかったが、南寄りの至近の距離で、いつも見ていた静岡側の富士の山容だった。機は伊豆半島、自分の実家の上空辺りを飛んでいる。宝永噴火でできた小富士の出っ張りもはっきり見える。今足がこんな状態で、登山など到底できる状態にないが、嘗てはこの山に2回登頂した。最初の時は1時間かけて、お釜巡りも行った。若い頃ではないが、10数年前の思い出の一コマだ。

 

箱根を過ぎると前方に富士が見えて来た。

 

機は伊豆半島上空を飛行し、真横に富士が近づく。

 

宝永噴火跡のくぼ地も良く見える。

 

白銀の富士。いつ見ても神々しい。