乗船したフェリーは半島の外に向かって進んでいく。回転橋がどんどん遠ざかっていく。

岬の松原は、昔と変わらない。

フェリーはどんどん半島の先端に向かう。内海ではなく、外海を航行して、対岸へ行くのだろうか・・。

岬の先端部に来たら、180度向きを変えて、元の乗り場に戻って行く。前方に見える山が股のぞきだ。

特急橋立号は少し宮津で時間待ちをし、次は終点天橋立駅だ。以前も電車で来た筈だが、見慣れない駅になっている。駅舎も建て替えられて、見知らぬ駅になっている。対岸へ渡るフェリー乗り場は駅の直ぐ外にある。駅の窓口で、フェリーの往復チケットと股のぞきまでのリフト券を買い、出航を待つ。
以前来た時は、この砂州を歩いて対岸まで渡り、股のぞきをして、帰りには近くの籠神社まで行ってお参りし、又3キロの砂州を歩いて戻ってきたが、今はもう足も弱って、とても歩ける状態には無い。それに、元気だったとしても、そんな時間はない。朝、新幹線で京都まで来て、京都からここまで特急でやってきたが、時間はもう11時になっている。
フェリーは一旦外海に向かって走るが、岬の先端部でUターンし、又元の乗り場付近まで戻って来た。最初は外海を走るかと思ったが、そうではなくて、半島の先で方向転換し、進行の向きを変える為だった。元の乗り場付近に戻って来た時、回転橋が横に向いて、フェリーも水路を通り抜けることができるのだ。日本にこの様な回転橋が何カ所あるか知らないが、珍しい構造だ。30年前のと同じ構造で、当時は珍しく、開閉を眺めていたが、橋が平行になって、岬と結ばれると、何か不思議な気分で、連絡橋を渡った。
今日はフェリーの上だから、渡り初めのような感興はないが、それでも珍しい。ロンドンブリッジは橋の中央部が上下に移動して、船の通行が可能になるが、ここの回転橋は規模も小さく、規模の小ささはバルセロナの人口島への連絡歩道の開閉と同じ位だ。
フェリーは岬の内側の内海、ここえは阿蘇海と呼ばれているが、岬に沿ってゆっくりと対岸に向かう。フェリーの上からは岬の中は松林に隠れて良く見えないが、1本遊歩道が続いていて、中には小さな社とか記念碑、銅像などもあった。対岸までは約3キロの道のりだったが、当時は足も元気で歩行も早く、20分も掛からず対岸まで歩けた。当時の水質は余り良くなく、浮遊物などもあちこちあったが、今、フェリーから見る限りでは、内海の水質も随分と浄化されているようだ。一旦外海に出たせいか、歩行と同じくらいの20分程で、対岸のフェリー乗り場に到着した。
丁度フェリーが元の場所に戻った頃、回転橋が開き始めた。

橋が横向きになって、フェリーは間の水路を通り抜け、内海を航行して、対岸に向かった。

こうした構造の橋が日本に幾つあるのだろうか・・。珍しい構造だ。

フェリーは岬の内側、波静かな阿蘇海の内海を、対岸に向かう。
