ちゃおチャオブログ

日々の連続

由美子、難病SLEとの戦い(16)由美子の死亡。

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しかし今朝6時前の電話は様子が違っていた。大体こんな早い時間に電話がくることもなかった。看護師からは「容体が急変し、今直ぐにも来てください。」とのことだった。時間帯と言い、内容と言い、尋常でない状況が察しられたが、ただ強運の由美子のことだから、病院に着いたら又いつものように、にこにこ話ができるだろう、位の希望は持って家を出た。
 
昨夕病室を出る際、由美子は身体中の痛みを強く訴えていた。肩から足首、背中と、寝返りを打つのも痛がっていた。帰るまでの数時間、ずっとさすって柔らかくもんでやっていた。時間になって帰り際、小さな声で「ありがとう」と。又、十分上げられない右腕を肘の所で曲げて、「さようなら」と。自分からは「来週又見舞いに来るから、それまで頑張ってね」と。それが二人で交わした最後の言葉になった。夜の帰りの電車の中、荒川の鉄橋の暗闇を見ていて、何故か悲しみが込み上げてきた。由美子があれ程痛がる姿を見るのは嘗てないことだった。夕方には担当の医師も病床まで様子を見に来てくれた。心配してくれているのだ。過去何十年、あちこちの病室を見舞いに行って、帰りの電車や車でこんな感情になったことは嘗てなかったことだった。
 
何か今回の入院は不運が重なり過ぎていた。本来とっくに退院しても良いはずなのにいろいろな不都合で入院が長引いていた。今回は持たないかも知れない。不意に悲しみに襲われたのだ。
 
今朝又荒川の鉄橋を渡る。太陽が東の空から上がってきている。希望の太陽。由美子がんばれ、と。しかし何故か又悲しみが込み上げてきた。昨夜と言い、今朝と言い、普通ではない、何か由美子が別れを告げに来てくれているように思えた。春日部駅から病院へのタクシーの中で、息子からの電話があった。母は先刻心肺停止になったと。タクシーの中、それだけ聞いて電話を切った。息子もそれだけしか言わなかった。


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