岩屋寺の絶壁。あの洞穴の中で修行僧が修行していたとのことである
断崖が寺の屋根に迫りくる。
岩屋寺本堂と迫りくる絶壁。
何人の僧侶がこの岩肌で修業したのだろうか・・。
岩屋寺本堂。
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本堂はぴっちり閉じられている。
- 綺麗な造りの大師堂。
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この奥の道から絶壁に登る遊歩道があるとのこと。
麓の駐車場から約30分程の参道を登ってやってきた岩屋寺。標高585mの境内から眺める眼前の景色は、四国中央部、石鎚山のすそ野を形成する山並みが波打っている。平家落人集落、祖谷地方も高い山中にあるが、向こうは何か人の手が入って、段々畑とか、果樹園などもあって、人の気配を感じるが、ここからの山並みは、塵芥離れた、人界とは無縁の自然のままの空気の中にあるようだった。
四国霊場88ケ寺の中の後半戦の最初のお寺、これから残り44ケ寺の後半戦が始まる。最近の巡礼は歩き遍路よりかバスでのツアー、或いは4-5人が一緒になってタクシーを借り上げての巡礼、或いは自分のようにレンタカー、マイカーでの巡礼が主流になっているが、バスや車を降りて、これだけの距離を歩いて登るには、足の弱い人には無理だ。だから、登って10分くらいの所に立派な山門が建っていたが、そこがこの寺の遥拝所になっていて、歩行困難な人はそこからお寺を仰ぎ、参拝し、引き返す。
矢張りここまで登ってこなければ、この絶景とこの奇岩は見られない。苦労のし甲斐はあるものだ。巡礼者でなくても、この奇岩を見る為にここまでやってくる人もいるだろう。この断崖絶壁は礫岩からできていて、太古の造山活動の中で生じたようだ。体力と時間に余裕のある人用に、この絶壁を上り下りできるように遊歩道も作られているようだが、歩いている人の姿は見られない。中国山西省に懸空寺という、ここと同じように絶壁に張り付いて建てられた世界遺産のお寺があるが、そこは大勢の観光客が押し寄せ、岩壁に張り巡らされた渡り板がきしむような感じもしたが、あの行列を成した中空の観光寺と、ここ岩屋寺の静けさ、多分芭蕉が山形山寺を参詣した時も、寺には参詣者も少なく、同じような静けさの中にあったのではないかと思う。
人界の中の中国寺と塵芥を離れた日本のお寺。嘗てはここで修業した修行僧にとっての山岳霊場、或いは一遍上人もこの寺に参篭したという。一遍聖絵は数々見てきているが、この山についての記憶はない。本堂から眺める眼下の波打つ山並み。空海はこの寺にやってきて、この景色を眺め、「海岸山」と名付けたという。空海の時代の科学知識で、この山が海の底から隆起してできたとは想像もしなかったであろうし、彼は単純に眼前の峰々が、大きな海原の波のように見え、目の前の山並みを海と想起したのだろう。後年一遍は信州山奥の海野を訪ね、多くの聖絵を残している。空海が見た山中の海岸山、一遍が念仏を唱え踊った山中の海野宿。海と空、実に日本人の精神性、芸術性の高さ深さを思わせた。名残惜しいがいつまでもいられない、下山することにした。