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この温泉に入る為に日本中からお客がやってくる。
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自分は過去2回入っているので、今回はパスした。
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道後温泉本館は、内子の田舎歌舞伎、内子座よりも知名度は高く、全国的だ。それはこの温泉が奈良朝以前の飛鳥時代から湯治湯として知られていて、朝鮮半島白村江戦役の出兵の折には斉明天皇も湯治したと伝えられ、その後も弘法大師、一遍上人等々名のある高僧も湯治された。道後と言う地名も自分は巡錫僧の独鈷がなまって道後となったものと考えるが、伊豆修善寺温泉の独鈷湯などは、正に弘法大師がこの地にやってきて、独鈷で地面を突いた処温泉が噴き出たとの伝承があり、この道後も同じような経緯があったのではないかと思っている。いずれにしても、大正時代になって町の人々により建設された内子座よりは、歴史も古く、映画やテレビ等で取り上げられる回数は格段に多い。
昔から有名なこの温泉を更に有名にしたのは、夏目漱石の坊ちゃんで、東京育ちの坊ちゃんがこの地に赴任してきて、見たことも無いような大きな湯船に驚き、お風呂の中を泳いだとのおことだが、その神の湯は別名坊ちゃん湯とも呼ばれている。20年前、会社の先輩を案内してその湯船に漬かり、そんな話もした。コロナ禍でここも休場中かと思ったら、数日前から再開しているようだ。ただ観光客が殆どやって来ていていない作今、どの程度のお客がやって来るのは不明だが・・。
明治期に造られた古風な建物の外観を眺め、もともと今日は入る積りで来ていなかったので、タオルとか着替えの持ち合わせもなく、良くテレビなどに出てくる建物外観を写真に撮って、再び閑散としたアーケード街を通って市電駅に向かう。アーケードを出た所に時計塔の足湯があって、一人お婆さんが浸かっていたが、自分も真似をして足をつける。話し好きらしく、自分の方からいろいろ話しかけてきて、本人はこの近くに住んでいて、毎日足湯に漬かりにやってくる。30分はこうして足を浸して鋳るとのこと。きっと家にいても話す相手もなく、毎日やってきては足湯仲間との会話を楽しみにしているのだろう。コロナでやって来る人も少なくなり、誰彼かまわず話しかけて来るに違いない。時計塔の時刻が6時半を打つのを合図に足湯から出て、アーケードの出口付近にあった食堂に入る。海鮮食堂だ。この時間、商店街の殆ど店はシャッターを下ろしていたが、出口付近のある2-3軒の食堂のみは店を開けていた。店内に入ると先客が一人いたが、自分が刺身停職を注文してる間に食べ終えて出て行ってしまった。自分が食べ終えた20-30分の間、新規の客は入ってこなかった。観光地はどこもこんなものかも知れない。
温質はホテルの温泉と同じだ。
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日本の名湯。
良くテレビに出てくる道後本館正面だ。
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アーケードの出口には時計塔と足湯があった。
- 自分もお婆さんと一緒に足湯に漬かる。
和食堂で刺身定食を食べ、夕食とする。