ちゃおチャオブログ

日々の連続

12年ぶりの石垣島(13)通事の店のヒージャー汁。

Inaさんが店にやって来る間、外の番台でトニーさんと四方山話をする。

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  • トニーさんの店は12年前と同じ場所に、変わらずにあった。f:id:commodore:20210317191450j:plain店内の賑やかな写真も以前と変わらない。赤木圭一郎の写真があちこちに貼ってあった。

    f:id:commodore:20210317191725j:plain今回新たに加わったのは、海上保安庁の保安船。

    f:id:commodore:20210317191813j:plain自衛隊の写真なども貼ってあった。国の最前線、気持ちが漲っている。

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  • 12年ぶりにやって来たトニーさんの店。本人は12年前と全く変わらない。人間もある程度歳を取って高齢になると、5年10年の時間経過は体力は兎も角、風貌に関してはそれ程変化はないかも知れない。夕方の時間、夜にはまだ早く、今ホテルで休んでいるInaさんに連絡し、彼がやってくるのを待つ間、店の外でトニーさんと12年ぶりに話をする。話しぶりも以前と全く変わらない。彼が自分のことをどの程度覚えているか、どうも、全く覚えていないようだが、自分も12年経っても以前と全く変わらないに違いない。それは、先週の東北大震災の10年記念日にも思ったことだが、自分自身、10年経った今でもあの時と同じように、パソコンに向かって毎日市場取引に苦しめられている。持って生まれたサガのようなものだ。

  • ここで言う「通事」とは、司馬遼太郎の「街道をゆく」にも出てきたが、この島独特の職業で「通訳」を意味する。江戸時代の琉球は中国の冊封(庇護)を受けていて、定期的に中国から使節がやってきた。石垣は中国に最も近く、その時の「通訳官」が「通事」で、通事の家が代々その職業を守り継いできた。この店の主人はその通事家の血筋を引いているのだが、本人は殆どそれには頓着していない。12年前と変わらず,至って明るい性格だ。持って生まれた天性の陽気人と言えるだろう。

  • ヒージャー汁とは沖縄方言で、「山羊汁」のこと。自分も日本全国あちこちを旅行し、各地の珍しい食べ物など口にしたが、この山羊汁は沖縄でしかお目に掛からなかった。沖縄の人に言わせれば、この山羊は群馬県の方から買い入れているそうだが、その群馬県でもヤギ汁があるとは聞いたことは無い。だから今でもこの「ヒージャー汁」は沖縄独特の料理かと思っている。そのヒージャー汁だが、12年前に感じたことだが、今日も又同様に、沖縄本島で食べたものと比べ、ちょっと刺激の少ない味覚に、この愉快なトニーさん、料理の腕は今一歩だ、と思って食べた。12年前、この店にやってきた時の旅行記がブログに残されている。その時の記事と写真を下記に転記する。

『沖縄には琉球王朝以来の伝統料理、王宮料理など外来者を楽しませてくれる料理が盛り沢山あるが、石垣最後の夜、数日前から心に期していた「ひーじゃー」、「山羊肉の煮込み汁」を食べに出かけた。

沖縄本島でも「ひーじゃー」を出す店はそれ程多くなく、浦添に1軒あって時折食べに行ったこともあったが、ホテルで聞いたところ、この石垣でも市内には2-3軒しかないようだ。

その内の一つ、一昨日通りすがりに目にした「トニー食堂」へ行って見る。

店の外も中もまあ、賑やかなこと。トニーと言うから「トニー・カーチス」のファンかと思ったら、若くして亡くなった「赤木圭一郎」のファンで、と言っても今の若い人には「赤木」も「カーチス」も殆ど知らないと思うが、その「赤木」の写真、プロマイドで店内は隙間もなく飾られている。

ふと見るとその横に石垣市教育委員長からの表彰状も掲げられていて、更にその書かれている内容を見ると、「通事国浩殿」となているではないか!

ああ、この人、この店のマスターが「通事」さんだったのか!

もう何年も前、司馬遼太郎氏の「街道を往く」を読み漁り、日本各地の風物に触れ、旅に出なくても旅行した気分になり、夢の中で旅もし、後日、機会があってその土地を訪ねたりもしたが、その司馬さんもこの石垣までやってきて「街道を往く」を書いている。

その中で確か「通事」氏のことも書かれていて、この店のことも出ていたように記憶していた。

そこでマスターの「通事」さんに司馬さんのこと、街道のこと、珍しい姓のこと、等を聞いてみたが、全く思い当たらない風だった。

大体司馬遼太郎という作家名すら心当たりがなく、話していて当方が拍子抜けしたが、今年73歳になるというご本人は至って快活で、話し好きで、店内に英語の書き込みなどが掲示されていても、ご本人は英語は全く分らず、当方内心これでは「通事姓」が泣くなあ、との心を見透かせてか、自分の息子は今50になるが、その息子とか孫は英語がペラペラだとか、矢張りどこか「姓」へのこだわりを棄てきれず、当方、出された「ひーじゃー」(ヤギ汁)の湯気を吹き吹き、快活な沖縄人の話しに聞き入った。

本島の「ひーじゃー」は汁の中にヨモギ(ふーちばー)とか生姜(うこん)が沢山入っていて、ピリっとした味もあったが、石垣のそれは、それ等具材が少なく、本島のよりはやや劣った味付けであったが、それでも数年ぶりに食べた山羊汁。

王宮料理の奥ゆかしさも良いが、こうした庶民の味、庶民が1年に一度か二三度食べる山羊汁を元気な石垣の古老からの話を聞きながら食べることが出来、その味以上の満足感が得られたものだった。

4日間の旅を終え、明日はいよいよ石垣を離れる。その最後の夜に「街道を往く」にも出てきた現実の「通事」さん(本人が知らないことが奇妙ではあるが)と話ができたことでも、今回の旅行は価値あるものだった。』

 

  • ヒージャー汁を食べるのも12年ぶりだ。

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    • 店内でトニーさんと記念の写真を撮る。

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      12年前のトニーさん。この時73歳だったから、今はもう85歳か・・

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      店には通事国浩殿宛の感謝状が掛けられていた。今日は無かった。

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        • 店の裏に自宅があり、通事の標札が掛かっていた。

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